ただの引越しのはず   

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 彼は霊に好かれる体質だった。  それに気がついたのは転職して、不動産屋も嫌がっていた事故物件に住んだ時のことだった。 「実はこのアパート、雨が降る夜に現れる霊のせいで住人がすぐに引越ししてしまうんですよ」 「え、でも安いじゃないですか。他のアパートの半額ですよ。霊とか信じてないから大丈夫です」 「いや、でも、今の時期は……」    彼は格安だからという理由で住んだ。しかし……。 「ヒィーーー」  夜中にふと目覚めると彼を覗き込むように顔を近づけている霊がいた。何か言っているが小声で分からなかった。  梅雨の数日で耐えられなくなって、彼も引越しをした。数日もっただけでもすごい。  彼は何の問題もないアパートに引越したがその夜も霊が現れた。どう見ても前のアパートにいた霊だった。相変わらず小声で何か言っている。  怖くなって知り合いの霊能者に除霊してもらった。その人が言うには彼は霊と相性がよくついてきたらしい。  だが彼はただものではなかった。それを利用したのた。  霊に困っているアパートの大家に話をつけ霊のいる物件に引越しをする。そこに数ヶ月住んでまた別の霊物件に引越す。そうすると前に住んでいたアパートの霊が彼についてきて元のアパートは綺麗になる。そして引越した先のアパートも数ヶ月住んだらまた別のアパートへ霊と引越す。それを繰り返す。  霊が一人や二人なら問題なかったが、数が増えてくるにつれてうるさくなってきた。うるさくなってきて生活に問題が出てくると霊能者のところへ行って除霊してもらう。そしてまた……と繰り返して結構なお金を稼ぐようになっていた。  ☆  ☆  ☆  それが僕の前世だか前前世らしい。  思わず吹き出しそうになるが耐える。耐えるが笑いを抑えているので口元が歪んでいるのが自分でも分かる。  火星行きの宇宙船を待つ間、僕と同じように待っている人たちと話すようになっていた。そのうちの一人が占い師ということで前世を見てくれるという話になった。 「あなたはヨーロッパの小さな国のお姫様でした。隣の国の王子様と結婚して子どもを五人産んで幸せに暮らしました」  見てもらった女性はお姫様だったらしい。豪快なおばちゃんで「あはは」と笑うような、お姫様というより古い映画で見た下町の肝っ玉母さんという感じの女性だった。 「あなたは珍しい宇宙人です」  ある男性はコユエシイ星という聞いたことのない星の住人だったらしい。コユエシイ星人と言われた時に僕たちは驚きすぎて固まってしまい笑えなかった。占い師の真面目な表情に笑っていいのかどうかが分らず、僕たちは困ってしまった。 「火星行き最終便の搭乗時間になります。ご利用のお客様は……」  どういう態度をとっていいか分からなくなった僕たちに、アナウンスが聞こえた。宇宙船の搭乗時間になったのだ。  僕たちは占い師に礼を言い各々宇宙船へ向かった。  宇宙船の旅は快適だった。  火星という初めての星へ行くことに、少しの不安と大きな期待が僕の中にあった。  火星の地に降りる。これから僕はここで生きていくんだ、という実感が湧いてくる。  そんな僕の後ろが騒がしくなる。何を言っているのか分からないし、何人いるのか分からない。小さな声が何十人いや何百人何千人と集まって騒がしくなっている。振り向くが誰もいない。  僕はあることに気がつき血の気が引いた。  もしかして今の僕は環境汚染がひどくなり人間が住めなくなった地球から火星へ引越したということになるのでは?  この声はみんな……。どうしよう、僕は知り合いに霊能者などいない。
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