パニック

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 日本中をパニックにおとしいれた彼らは、ジュラ紀に生きていた人類の祖先のようにひっそりと生きていた。 彼らは昆虫より強い。けれども、すべての動物よりも弱い。 貧弱なれども彼らは、狡猾で、陰険で、しつこく、注意深い生き物だった。 さらに貪婪に何でも食べた。 人間が貯蔵している食べものだけでなく、人間が廃棄した食べもの、熟しきったもの、腐ったもの、道端に転がった死体までと、ありとあらゆる口にいれられる有機物体を食べた。 人間がつくりだした塩分をきかせた調味料から甘味料、油で調理したものまで食べだした。 ちいさい体のなかに調味料や甘味料を摂取した彼らは、みにくく太り、自慢の前歯もとけ、脂肪が溶けるように死んでいった。 彼らは死に絶えなかった。 メンデルが育てた豆よりもはやく彼らは遺伝子を組みかえた。 旺盛な繁殖力で彼らは代をかさね、調味料や甘味料、油を食べても死なず栄養として蓄えられるように進化した。  日本の伝統芸能の名をかんした街で彼らはとくに進化した。 眠らない繁華街。 欲望すらも眠らない繁華街の影で彼らはひっそりと生きていた。 欲望がつきない繁華街は、食べ物がつきることのない繁華街でもあった。 ビルとビルのすきまに置かれたプラスチックやブリキでつくられたゴミ箱は、彼らにとってまさに宝石箱だった。
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