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幼児と青年
「おれのなまえ、ロンカなの」
駆け寄ってきた見知らぬ幼児に服を掴まれた青年は、自身を見上げてそう話しかけてくる幼児を困惑した表情で見つめている。
「そう、なんだ」
かろうじて声を紡ぎだし、引きつってしまっている笑顔を浮かべてそう返した。
「〝瀧〟に〝火〟でロンカなの。どうしてだとおもう?」
「えっと……」
青年は困惑したまま、何と答えるべきなのか迷っている。
青年の服を離すまいとでもいうかのようにぎゅっと握ったまま、幼児は無表情というより、今にも泣き出しそうな表情を浮かべているのだ。
そんな状況で突然始まったクイズに、返答を間違えれば大泣きしてしまうのではないかと感じた青年には、焦りの色が浮かんでいる。
青年は考える。
脳をフル回転させて必死に『瀧』と『火』で脳内連想ゲームを繰り広げた。
そして、浮かんだそれ。
「瀧に夕陽があたって燃えているように見えたから……かな?」
夕焼けの空の色がうまく瀧へと映り込んだのならば、火が燃えているように見えるかもしれないと予想した。
そしてそれは、どうやら正解だったらしく、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた幼児の表情が、ぱぁっとわかりやすく笑顔に変わったのだ。
「おとうさまだ」
「はい!?」
幼児が笑顔で紡いだ言葉で、青年は自身が幼児に父親と間違えられていることに気づく。けれど、先ほど幼児が浮かべていた泣きそうな表情を思い出し、人違いだとは言い出せずに固まってしまう。
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