5人が本棚に入れています
本棚に追加
そもそも青年は、知人から家庭教師の依頼を受けてここへ来たはずなのだ。知人の甥っ子に勉強を教えてほしいと頼まれここへやって来たのだ。
青年の服を掴んだままの幼児は、その知人にどこか面差しが似ている。知人が、勉強を見てあげてほしい甥っ子は姉の息子だと言っていたので、この幼児の可能性も否定はできないけれど、青年が頼まれたのは家庭教師であって、ベビーシッターではないのだがと更に困惑した。
そこに、救いの声。
「驚かせてすまない。ロンカ、ほら、お兄さんの服を離してあげて。そのままだと動けないだろう?」
声の主である男は、青年の服を掴んでいる幼児の手をやんわりと服からはがして、幼児の頭を優しく撫でながら先に部屋へ向かうよう促して、幼児を玄関先から家の中に戻させた。
そして青年へと視線を向けると、改めて挨拶を交わす。
「来てくれてありがとう。あの子が俺の甥っ子だよ」
その言葉を聞いて、青年はますます困惑する。
「早瀬さん、僕はベビーシッターではありませんよ?」
あまり子守りが得意ではない青年が困惑を隠しきれずに問いかけると、青年に早瀬と呼ばれた男は苦笑を浮かべた。
「少しばかりワケありだけど、勉強を見てあげてほしいのも本当だから。葉風とりあえず上がって、ね?」
「……おじゃまします」
早瀬と葉風、名前の響きが似ているという理由で話が弾んで交流が始まった男と青年は、まだ知り合って日が浅く、互いのことを深くは知らない。それでも、悪人かどうかを見極めることは、互いの種族的に難しくはなかったため、それなりに信じられる相手ではあるのだ。
早瀬は神族と呼ばれる血筋であり、葉風は花天使と呼ばれる種族で、天使というより妖精に近い存在。ゆえに、互いに悪意は黒いモヤとして見える体質であり、それが見えない相手は、悪人ではないと判断できる。
葉風は、困惑しながらも早瀬の話を聞くことを選んだ。幼児ことロンカが、ちらちらと振り返り、葉風を見ていたのも断れなかった理由の一つではあるけれど。
なんだかんだで、葉風はお人好しと呼ばれる部類の気質なのだ。
最初のコメントを投稿しよう!