長女の帰郷

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「急いでるから、行くね」 「待ってよ」  私の腕をぎゅっと掴んで彼が行く手を塞いだ。 「離して」 「もう一度話し合いたいんだ。このまま一方的に終わらせるなんてずるいよ」 「仕方ないでしょ。私がやるしかないんだから」 『親の介護を独りで引き受けたら、体が()たないよ』  三人兄弟の末っ子の彼は眉をひそめた。 長女の私とおよそ正反対の彼の気質に惹かれたのは、ただ単に物珍しかっただけなんだろう。自分にないものを持ってる人には憧れるけど、一緒に生きていくのはまた別な話だと言うことも身をもって学んだ。 熱烈なアプローチに絆されて、七つも年下の彼と付き合い始めたのは三年前だ。既に私は結婚や子どもを持つことを諦めていた。 『何で私なの』 『一目惚れだから。麗奈さんが欲しいんだ』  どこまで冗談とも本気ともつかない彼は、いつも私の偏った価値観を簡単に吹き飛ばしてくれた。彼と一緒なら二人で生きていくのも悪くない。そう思っていたのに。 「僕は、君だけを見てたんだよ。ここまで連れてきていきなり手を離すの?」 「…ごめんなさい。それは悪いと思ってる」  退っ引きならないところまで、私に付き合わせたせいで、彼は『父親』になり損ねている。だけど、彼には今からでも普通の幸せを掴んで欲しかったし、私も母を一人で放っておくわけにはいかなかった。 「年下じゃ頼りにならないか」 「違うよ」  いつもなら穏やかに折れる彼も引き下がらない。自分の不満も吐き出したいのかもしれなかった。まっすぐな眼差しが怖くて彼から目をそらすと、つい弱音が漏れた。 「私もどうしていいかわからないの」 「だから、それを一緒に…」 「ごめん。今はムリ」  私は彼を押し退けるようにして階段を駆け下りた。追いかけてくる足音は聞こえてこなかった。
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