長女の帰郷

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 駅から実家までは歩いて十分ほどだ。間違えようもない道のりを辿ると、程なく玄関の外灯が見えた。防犯も兼ねて日が落ちるとセンサーで点灯するようになっている。リビングの窓からは明かりが漏れていた。 合鍵で家に入り靴を脱いでいると、奥から摺り足でゆっくりと母が出てきた。 「ただいま」 「お姉ちゃん。遅かったね」  私に自分の長姉を重ねてそう呼ぶのは、母がさまよっている時だ。あれこれ詮索されなくて済むかと、私は内心でほっと息をついた。 「仕事だったからね。ご飯は食べたの?」 「まだ。お腹すいた」 「何か作るよ。私もまだだから」  うがいと手洗いを済ませて、冷蔵庫を開けた。ヘルパーさんが買い物をしてくれたらしく、鶏肉とたまごがある。ご飯は冷凍してあるから、私はエプロンをつけると親子丼の調理に取りかかった。 ものの二十分で食卓は整って、母は自分の椅子に座ると嬉々として食べ始めた。 「どう?」 「美味しい。お姉ちゃんは上手ねえ」  にっこり私に笑いかける母は、無邪気な童女そのものだ。こんな表情もするのかと微笑ましくも思い、同時にそれが私に向けられているものではないことに、ひどく寂しさを覚えた。 頼りにされるのは慣れているが、それなりの見返りを母に求めてしまう。それがずっと私を苦しめている原因なのかもしれない。 翌日起きた時には、母は少し正気を取り戻していた。 「いつ帰ってきたの」 「八時半ぐらいかな。親子丼食べたでしょ」 「そうだっけ。鶏肉は焼いて食べようと思ってたのに」 それは すみませんね 母のこういうところが私は好きになれない。可愛げがなくてああ言えばこう言う。腹を立ててもキリがないので、聞き流すのが得策なのはわかっているのだが。 これが妹なら「あ、そうなの。ごめんねぇ」とけらけら二人で笑い合うのだろう。昨夜のほのぼのとした雰囲気は全くなくて、私はひとつ屋根の下で母と距離を取った。
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