長女の帰郷

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 午後は母を連れて宮川先生を訪ねた。 予約診療だったから、気兼ねせずにゆっくり話せるのが有り難かった。 「血圧はお薬で落ち着いてますよ。お話にもしっかり答えてくれますし」 「そうですか」 「ヘルパーさんが入ってくれたから、火の元の心配も減りましたしね。何より穏やかで我々も助かってます」  段階が進むと感情のコントロールが効かなくなり、急に怒り出す人もいると言う。被害妄想が激しくなり、大事なものを盗られたと騒いで家族の間で揉めるとは聞いたことがある。手を上げたり喚いたりする人もいるから、宥めるのが大変だと先生は苦笑いで話してくれた。 「高橋さん、こんにちは。今日は誰と来たの」 「お姉ちゃん。私より八つ上なの」  母はまた私の妹になっていた。それでいくと私はゆうに八十を越えていることになる。 「そう。ずいぶん若いお姉さんだね」 「お姉ちゃんはお料理とお洒落が上手なの」  母は私の自慢を始めた。 実際の伯母がどんな人だったかは私もよく覚えていないが、昔の記憶に浸る母はとても幸せそうだった。 看護師さんも笑顔で、診察室が和やかな雰囲気に染められていく。優しい人たちが見守っていてくれるとわかって、安心した私は肩の力が抜けた。 「こちらに来られるんですか?」 「はい。連休には荷物を運ぶことになってます」 「お仕事は?」 「辞める予定です。再就職も考えてますけど」 「その辺りのバランスが本当に難しいですよね。ご家族が一緒ならこちらは安心だけど、当事者にしたら大変でしょう」  私は曖昧に微笑んだ。 今は出来ることをやるしかない。走りながら考えるしかないんだ。一人きりじゃないしきっと何とかなる。 私は少しだけ上向いた気分で母と家に帰った。
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