籠の小鳥が見る夢は

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 決して声を出してはならぬ。  子どもの頃より繰り返されてきたのは、理不尽な戒め。家族のいないわたしは、周囲の命令に従うほかなかった。神殿での暮らしは、今さら思い出したくもない。  凍りついていたわたしの心臓が動き始めたのは、あの方に出会ったから。 「君には、託宣があるのだよ。口を開けば、魔王が降臨し世界が滅ぶのだそうだ」  にこやかに告げられたのは恐ろしい事実。けれどあの方はあくまでわたしを普通の子どもとして扱った。神殿から森の中の小さな塔に住まいが移されたのは、彼の指示があったからだ。あの方は、殿下と呼ばれる身分のひとだった。  外の空気を吸い、花の香りを嗅いだ。  太陽の温かさと地面の柔らかさを感じた。  誰かとともに食べる食事の美味しさに驚いた。  文字を覚え、互いの想いを伝える楽しさを味わった。  彼のおかげで、生きる意味を知ったのだ。  失うとわかっていたなら、初めから愛など求めなかったのに。  わたしをひととして扱ったがために、あの方は戦争の最前線に送られた。神殿と対立したがゆえの、あからさまな見せしめだった。 「どうか泣かないで。俺は必ず戻ってくる。いつか、君の歌を聴かせておくれ」  初めての口づけは火傷しそうに熱かった。  出した手紙は星の数ほど。けれどいつの間にか返事は途絶えがちになり、やがて完全になくなった。そして初雪の降った日、あの方が亡くなったという知らせが届いたのだ。  敵襲から逃げ遅れた部下を(かば)ったのだそうだ。最期まであの方らしいと思い、それでも涙は止まらなかった。  いくら待ったところで彼はもはや戻らず、(いくさ)が終わる気配は微塵(みじん)もない。ゆっくりとわたしの中で、柔らかな部分が腐り落ちていく。あの方に育てられた人間らしさが。 「君を愛している」 「ええ、わたしも愛しているわ」  幻聴が耳を通り抜けていく。春風によく似た、甘く優しいあの方の声。  わたしは自分自身を抱きしめる。ひどく寒くて、今にも凍え死んでしまいそうだ。白い息が立ち上る。  さあ、歌を届けましょう。  愚かで哀れなひとの世を終わらせる、滅びの歌を。あなたのいない世界に、存在する価値などないのだから。  抑えられない律動が、わたしの内側から湧き上がる。  禍々(まがまが)しい憎しみ、焼けつくような怒り、ひりつくほどの悲しみ。溺れてしまいそうな負の感情が濁流となり、わたしを呑み込んでいく。  あの方が望み、願ってくれた声で、(いびつ)な旋律を高らかに歌い上げる。遠くから雷鳴と地響きが聞こえた。
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