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『おい、どうやって工房に入り込んだ? おかしいな、普通は表の店の方で止められるんだが。招かれてなけりゃ、ここには入れんぞ』 『ええと、あの』 『わたしがいるから気にしなくていいよ。今、店の方で失せもの騒ぎがあってね、彼女はその探し物を手伝ってくれているのさ』  だが、隣にいた洋装の美青年が職人たちを手で制してくれた。ちらりと横目で見つめると、なぜか目があってしまい顔が熱くなる。 (髪も瞳も大和ではよく見る色のはずなのに、どうしてか目が離せなくなってしまう。こんなとき、烏の濡羽色と表現するのでしょうね)  しろくひかるは ねじりうめ  みみにきこえる あめのおと  うみのはてより おいかけて  ようやく みつけた きんのくに  寄せては返す波のように、繰り返し聞こえる歌声に耳を澄ませる。ねじり梅とは、きっと台座のことだ。海の向こうからやってきた白く光る宝石は、金剛石のこと。蛇の鱗の意味はわからないが、近隣の土地神は白蛇さまだと聞いたことがあるから、持ち主は何か縁があるのかもしれない。ゆっくりと、けれど迷いなく歩みを進めて……。 『見つけた』  紫苑(しおん)の声に反応したように、ふたつの石の歌声が綺麗に重なった。世界にりんと涼やかな音が走る。 『もう見つけたの?』 『片割れに会えて嬉しいと高らかに喜びを歌い上げていましたから』  まだ磨かれていない金剛石の原石のそばに、きらきらと輝く金剛石の裸石が並んでいた。美青年がルーペを取り出し、確認している。 『ああ、これは以前この店で準備した金剛石で間違いない。よかった、急いで直さなくては』 『その石ですが、隣の石も一緒に連れて帰ってあげないとまたすぐに逃げ出してしまいますよ』 『逃げ出す? そういえば君は、先ほども石の歌声が聞こえると言っていたね』 『ええ。もともとふたつでひとつの石だったのでしょう。ようやく片割れを見つけたのですから、無理に引き離さず重ね付けできる指輪などに加工すべきかと』 『なるほど……。いい商売になりそうだ』  にやりと笑う美青年を前に、紫苑(しおん)は自分のやらかしに今さらながらに気が付いた。搾取されるか、気味悪がられるか。けれど目の前の美青年から出たのは労いの言葉だった。 『いやあ、とても助かったよ』 『それはよかったです。では、自分はこの辺で』 『これからどうするの?』 『まあどこか適当にぶらぶらと』 『ねえ、君さえよければずっとここにいなよ。絶対に大切にするから』 『ですが』 『大丈夫。ひとを見る目はあるんだ。とりあえず、今は先ほどの奥さまの話し相手をしておいてもらえる? わたしが相手をすると旦那さまの悋気で絞め殺されてしまうからね』 『先ほどの石の大きさといい、愛されていらっしゃいますねえ』 『まあ、男っていうのはそういうものだよ』 (紹介状なしでまともな就職先を見つけることは難しい。それならば、利用されようともここで働くべきなのかもしれない) 『……では、よろしくお願いいたします』  しばらく逡巡した末、紫苑(しおん)はこの宝飾店の工房で世話になることに決めたのである。
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