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 工房での生活は、非常に心地よいものだった。気さくな職人たちに可愛がられながら、石の声を聞き装飾品の意匠を考える。そして煕通(たかみち)はことのほか紫苑(しおん)を大切にしてくれた。あまりにも優しいので、時々紫苑(しおん)は勘違いしてしまいそうになる。煕通(たかみち)は自分を特別に想ってくれているのではないかと。ただ、石の歌を聞く能力が重宝がられているだけなのに。 「紫苑(しおん)、わたしの分も食べてごらん」 「煕通(たかみち)さま、さすがにそんなに入りません」 「だが紫苑(しおん)は細いから、見ていて心配になる。もっと食べて大きくならなくては」 「さすがにこれ以上、背は伸びませんよ」 「でも肉付きが良い方がわたしはいいと思うからね。口を開けて。あーん」  上から下まで見つめられて、紫苑(しおん)は顔を赤くする。女だと言い出せないのは自分のせいだが、煕通(たかみち)の幼い頃のものだという和装を着ていれば、問題なく男に見えるのは何となく悔しい気がした。 「紫苑(しおん)はうなぎが好きだね。美味しそうに食べる顔が本当に可愛らしい」 「そうですね。煕通(たかみち)さまと一緒にいただくと余計に美味しく感じてしまいます」 「よし、やはり追加でもっと注文しよう」 「だから、これ以上は入りませんってば」 (どうしてこんなに素敵な方が、結婚もせずにふらふらしているのかしら。もしかして、おおっぴらにできない相手がいらっしゃる?)  どうしてだか、煕通(たかみち)が別の女性の隣で微笑んでいる姿を想像すると苦しくなった。頭を振って気持ちを切り替える。 「先ほどここに来る前に、少しだけ石の歌を聞いたのですが」 「おや、彼らはもう歌っていたのかい」 「はい。ただ、意味があまりよくわからなくて。歌詞から想像すると、どうも白いドレス姿になるようなのですが……」  紫苑(しおん)にできるのは、あくまで石の歌声を聞くことだけ。海の向こうの装飾や服飾に詳しいわけではない。 「それならば彼らの望み通りになるように準備をしておこうか」 「煕通(たかみち)さまは、彼らがなりたいものがわかったのですか?」  不思議そうに尋ねる紫苑(しおん)に、煕通(たかみち)がうなずいた。ただでさえ甘い美貌がさらに輝いていて、うっかり見惚れてしまう。 「あれはもともと結婚指輪に加工しようと思っていたんだ。和装ではなく洋装が似合うと思っていたんだが、彼らにもその心づもりがあったか。君に石の歌を聞いてもらって安心したよ」 「煕通(たかみち)さま、今回はずいぶん慎重ですね」 「絶対に成功させたいからね」 (よほど大事な方の結婚式なのね)  こんな豪華な花嫁衣裳を準備できるのは、ごく一握り。店に来たことがある客の顔を思い出そうとしているのに、なぜか花婿として煕通(たかみち)の顔が浮かんでしまう。 (やっぱり変ね。お腹が痛くなる前に早く帰らなくては)  慌ててお茶を飲み、紫苑(しおん)は固く目をつぶった。
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