春水にとける

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 声……。  その声は、風のざわめきのようだった。  もしくは、深緑の影のようだった。  神々しく、荘厳で、美しい。  背徳の歌声……  雨に濡れた港町に、地を低く這う風の、その音と思われた。  黒く滴る花の、その香りとも思われた。  褪せて、古びた紙の匂いが、書庫を満たしていくのと同じように、色香を乗せた男の歌声が、雨露を吸った花闇を嘗めていく。  ぞくりとするほどの、官能的な声であった……。
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