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14. 食べかけのオレンジ
「殿下、本事業は殿下陣営のお力無しでは回りません。ですので、相応の比率を持っていただくのは当然でございます。ですが、迅速な経営判断を実現していく上で、社長が過半数無いと経営が安定しません。私が51%で、お願いできないでしょうか?」
「ほう……? 我々はマイナーに甘んじろと?」
ギラリと王子の瞳が光り、タケルの額に冷汗がブワッと浮かぶ。しかし、ここで引いてしまっては何のために事業をやるのか分からなくなる。
「わが社での意思決定より、殿下陣営の意向が優先される以上、持ち株比率を多く持っていただく必然性はございません。当社の経営の速度を上げる方が最終的に陣営のバリューは最大化され……」
バン!
王子はテーブルを叩き、不機嫌そうにタケルの言葉を遮った。
「それでも三割だと……言ったら?」
ここが起業家の成否の分水嶺。まさに胸突き八丁である。
タケルは大きく息をつくと覚悟を決める。
「王国の英知たる殿下は、そのような事はおっしゃらないと信じております!」
タケルは目をギュッとつぶって言い切った。心臓の鼓動がいつになく激しく高鳴っているのが聞こえる。
王子は何度かうなずき、紅茶をすすった。
タケルは生きた心地がしない中、じっと返事を待つ。
王子はカチャリと紅茶のカップをソーサーに置き、ずいっと身を乗り出した。
「いいだろう。キミが51%だ……。その代わり、今年中にスタートせよ!」
「み、御心のままに……」
タケルはホッと胸をなでおろす。
王族相手に交渉をするというのは常に命懸けだ。きっとこんな交渉ができるのも王子がかなり高い知性を備えているからである。他の王族だったら今頃切り捨てられていておかしくなかったのだ。
「それでは、事業計画書を速やかに準備いたします」
タケルは立ち上がり、頭を下げた。
「こちらも男爵位下賜の準備を進めておこう。我々の陣営の勝利はキミの稼ぐ金にかかっている。頼んだぞ、タケル男爵」
王子はそう言いながら右手を伸ばしてきた。
タケルは慌てて手汗を服でぬぐうとがっしりと握手をする。
「どうぞよろしくお願いいたします!」
「うむ。頼んだぞ……。あ、それで社名はどうするんだ?」
「『Orange』にしようかと……」
AppleをなぞるならOrangeしかない。この社名は起業しようと思った時から決めていたのだ。
「は? そんな果物の名前が社名か? そんな名前で成功した会社などないんだが?」
「いや、果物の名前は縁起がいいとわが師が言っていたものですから」
「変な……師匠だな」
「そうです。わが師は変で、最高にイかしているのです」
丸眼鏡をかけたひげ面を思い出しながらタケルはニヤリと笑った。
◇
「もうちょっと右が上……かな?」
クレアは首をかしげながら、会社の看板をかけているタケルに声をかけた。そこには『食べかけのオレンジ』をモチーフにしたこの世界にはあまり見られないロゴが描かれている。
「このくらい? って……、おっとっと、うわぁぁぁぁ!」
台がガタついてついバランスを崩してしまうタケル。
「あっ! 危ないっ!」
クレアは慌てて今にも落ちそうなタケルを支えた。
「ふぅ……。助かったよ……」
「もぅ……。気をつけてくださいねっ! 男爵!」
「だ、男爵は止めてよぉ……、式典はまだなんだし」
「何を言ってるんですか! この国では貴族様は特権階級。もっとデーンと構えてください!」
クレアは腕を組んで片目をつぶり、ちょっぴり不満な様子で諫めた。タケルがあっという間に令嬢たる自分を抜いて貴族になってしまったことは、嬉しい反面どこか悔しさを覚えてしまう。
「デーンとね、性に合わないなぁ……。こんなもんかな?」
タケルは居心地の悪そうな渋い顔でカンカンカン! とトンカチをふるった。
「バッチリよ! 改めて……、起業、おめでとうございます!」
クレアは満面に笑みを浮かべ、パチパチと拍手をしてITベンチャー『Orange』のスタートを祝った。
ここはアバロン商会の隣、石造り三階建てのオフィス兼倉庫となっている。年季の入った建物は重厚な雰囲気ではあるが、ドアは軋むし、水回りも快適とはいいがたい。おいおいリフォームをしていかねばならない。
とはいえ、ついに一国一城の主となったのだ。タケルはできすぎともいえる大いなる一歩に胸にこみあげるものがあり。しばらく食べかけのオレンジの看板を感慨深く眺めていた。
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