アゲハ

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アゲハ

 (あたくし)は、去年の夏から秋に、たくさんのミカンの葉を食べて大きくなったので、ふっくらとした、いいサナギになれました。最後の変身を遂げ、青空をヒラヒラと舞い、花の蜜を吸い、素敵な出会いを夢見て、寒い冬を暖かいサナギの中で過ごしました。そして、いよいよ羽化のときを迎えたのです。陽光まぶしい本日、背中の辺りに亀裂を感じ、体を外へひねり出し、しっとりとした羽を乾かしながら徐々に開きました。さぁ、私は大空に向かって飛び立ちます! 「あらぁ?何だか変ですわ。どうして飛べませんの?」 私の頭上には、先に羽化した仲間がヒラヒラと舞っています。そこに行きたいのに、羽ばたいても浮上できないのです。黄色に黒い枝のような模様のある仲間は、ミカンの木の高い所に咲いた花に向かっていきました。そして、静かに止まり、蜜を吸っています。 「もう、蜜が吸えますのね♪」 私は、木の上の仲間に呼びかけてみました。でも、反応はありませんでした。きっと、遠いから聞こえなかったのでしょう。  羽ばたいても、羽ばたいても飛べないので、私は少々悲しくなってきました。なぜなのでしょう?なぜ、私は飛べないのでしょうか?木の枝を歩いて、ゆっくりと上の方へ登っていきました。 「はぁあ、とても疲れましたわ」 葉陰で休憩して、今登ってきたところを見下ろしました。私が脱いだサナギは草むらの保護色になって、見えませんでした。もしかしたら、羽化するのが早すぎたので、飛べないのかもしれません。もう少したてば、飛べるようになると信じて、今日はここで眠ることにしました。  翌朝、何かいい匂いがしてきて、目が覚めました。 「そういえば、まだ何も食べていませんわ」 私は、匂いのするほうへ移動していきました。おいしそうな匂いは、どんどん近くなってきます。でも、私はまだ、歩くことしかできません。あぁ、早く飛んでいきたいのに、なんてことでしょう! 「ありましたわ!ミカンの花が!」 私は急いで、花に近づきました。そして、口先を花の中に差し込みました。でも何か、様子が変です。蜜を吸いたいのに、蜜にとどきません。頭を全部、花にうずめて蜜をなめとりましたが、おいしくありません。もう一度、頭を花の真ん中に押し込んで、蜜を口につけました。やっぱり、私の口に合う味ではありませんでした。 「おかしいですわ、この花の蜜!全然おいしくないのは、どういうことでしょう?」 私が首をひねっていると、ハタラキバチが頭の上を飛び去って行きました。すると、どうでしょう!私の心とは関係なく、体がハチを追って跳びかかろうとしました。 「あら、失敬!」 私はハタラキバチに謝りました。すると、ハチは怪訝な顔で、ホバリングしました。 「おや?カマキリに謝られるなんて、はじめてだよ!珍しいこともあるもんだねぇ~」 「あら、やだわ。私はキアゲハよ」 「冗談で釣って、アタシを捕まえて食おうとしてるんだろ!?」 「いいえ、私は正真正銘のキアゲハ!昨日、羽化しましたの♪」 すると、ハタラキバチは私の上をグルグル回るように飛びました。私は、ハチに観察されているようでした。 「本当に、昨日かい?羽化したのは」 「えぇ、本当に昨日よ!」 「それじゃあ、4月1日生まれってことかい…」 ハタラキバチは納得したような顔で、花びらの先に止まりました。 「4月1日に羽化すると、本当に願っている将来とは正反対のことが起きちまうんだよ」 私はハタラキバチの言っていることが、よくわからずに、首をひねっていました。 「おまえさん、サナギの中で、何を思っていたんだい?」 「青空でヒラヒラ舞い、花の蜜を味わって、素敵な恋をすることよ!キアゲハの素敵な方と出会って元気な卵を産みたいって、ずっと思っていたわ!」 ハタラキバチがため息をついて言いました。 「そうかい、だから…おまえさんは、カマキリに転生しちまったんだね」 「私がカマキリですって?!」 私は腹立たしく思いました。サナギの中ではキアゲハだったのに、羽化したらカマキリになるなんて!そんなこと、あるわけないわ!そして、また花に顔を突っ込んで、蜜をなめました。味なんか、どうでもいいのです。私はキアゲハなんですから! 「気の毒に…まだカマキリの心が芽生えていないんだねぇ。捕食できなけりゃ、おまえさん、死んでしまうよ」 「蜜を…蜜を…」 ハタラキバチは私を見つめ、何か思いつめたような顔をしました。 「いいよ、あげるよ。アタシも長く女王様に仕えてきた古参だ。そろそろ引退してもいい頃じゃぁと、思っていたところなんだ」 ハタラキバチは、あきらめた顔をして、私の目の前に体を横たえました。 「どうぞ、アタシを食べておくれ。アタシを食べたら、カマキリの心になって生きていけるようになるさ。さぁ!」  気づけば私は、ハタラキバチを頭からムシャムシャと貪り食ってしまいました。 「あぁー、なんておいしんでしょう♪」
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