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次の三月、古都は今日もふんわり色堂のドアを開ける。ただし今日は入り口にCLOSEの札が出ている。
古都はそれをなんの躊躇いもなく開ける。
今日は客としてではなく、仕事として赴いた。
「こんにちはー」いつ来てもドアを開けた時の豊かな香りは良い匂いだ。
「あ、古都さん、今日はありがとうございます!」
ふんわり色堂の中にはいつものエプロン姿の陽芽菜さんと、制服姿の燈桜がいた。
「燈桜くん、卒業と合格、おめでとう。」
「ありがとうございます!あの時の古都さんの写真が無かったら乗り越えられなかったかもしれないっす・・・」
「いやいや、どんなに風が強くても、頑張ったのは君だよ、自信もって」
実は古都が前に撮った写真を特に気に入ってくれたのは陽芽菜さんのご両親で、この店の宣伝に使ってくれたのだ。その後も新作のパン屋広報誌に乗る時は古都に写真をお願いしてくれていたのだ。古都は意図せずカメラマンとしてデビューしていた。
そして、今日は陽芽菜さんと燈桜くんの依頼で、二人の記念日の写真を撮るためにここに来ていた。
「じゃあ、撮りますよ。」
これから二人がどんな道を歩むかわからないが、地面は続いているんだ。きっとまたどこかで会うだろうし、きっと大丈夫。
一通りの写真を撮り終わったたら、陽芽菜さんが前に振る舞ってくれたお菓子を作ってくれた。きっと今日のために仕込んでおいたのだろう。
「これ、美味しいですね。本当に。」思わず古都の口から漏れる。
「なんて名前のお菓子だっけ?ヒメさん」燈桜のヒメさん呼びは多分ずっとこのままなんだろうな、微笑ましく思う。
「これは、ウィークエンドシトロン。フランスのお菓子で、大切な人たちと週末に食べるのよ、いいでしょ」陽芽菜さんはそう言うと微笑んだ。
その後はいつの間にかいたマスターがコーヒーを淹れてくれて、燈桜が呼んだ友達も来て、ささやかな卒業祝いをした。
古都はそれも写真に収めた。
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