近くにいるからわかる

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

近くにいるからわかる

『現代文、関係なくない?』 『登場人物の気持ちを考えるの苦手でしょ?』 『なんでわかるの?』 さつきくんは、私を見て微笑んだ。 『近くにいるからわかる』 さつきくんは私といるとき、たまにまぶしそうに目を細める。 スケッチ大会で動物園に行ったときと同じ表情だ。温泉に入るカピバラを眺めていた顔だ。 『平和だなあ、癒される……』と、さつきくんはカピバラをずっと見つめていた。 さつきくん……私を見てカピバラを思い出しているのか? さつきくんが好きな歌手って誰かな……。好きなドラマの主題歌を歌うのもありだよね。 私は帰宅するとベッドに寝転がって、いままでのさつきくんとのやり取りを思い出した。 こういうとき、SNSアカウントを交換していたら便利なんだけどなあ。 交換する機会は何度もあった。けれどスマホでつながったら、いままでとちがう関係になってしまうような気がした。だから、さつきくんに「アカウント教えて」と言われても秘密にしていた。 男子と女子で確かな絆を育んだら、その先にあるのはきっと恋愛関係だ。そのゴールには、辿り着きたくない。 さつきくんは、彼氏にしたくない。 さつきくんは、仲間だから。 ひらがな仲間で、小林仲間。 私たちは、好き同士でつながったんじゃない。 恋人同士よりも特別な固い絆で結ばれているんだ。 恋人なら、好きじゃなくなったら離れ離れだ。 でも、小林かおり、小林さつき……と、名前でつながった私たちは、ずっとずっと仲間なんだ。 放課後、私はさつきくんと公園でブランコに乗っていた。 ふたりでしゃべりながら、並んだブランコに座り前に揺らす。ここのブランコは立ち漕ぎ禁止だ。まだ幼稚園や保育所、小学校が終わる時間ではない。 「うれしいなあ。公園で、かおりさんを独り占め」 「恥ずかしいこと言わないでよ」 「間違えた。公園のブランコをかおりさんと独り占め、だった。あ、かおりさんとだから独り占めとは言わないか」 私たちは放課後になるとよく、子どもたちがいないタイミングを見つけては、ブランコに乗っていた。 乗りながら、季節の風にあたって、草花や晩ごはんの匂いを嗅いで、たくさんの景色を見てきた。 「かおりさんがうちの学校に来てくれて、ほんとよかったなあ」 「どうしたの? 急に」 「僕、かおりさんに会うのが楽しみで学校に来てたからさ」 「他に楽しみないの?」 「ないよ。なかったんだ……」 さつきくんはブランコを止めた。 「あーあ。いじわるしないで、もう自分から言っちゃうか……かおりさん、あのね」 さつきくんの表情が固くなる。 「いやなんだ……卒業式の歌が」 「いやって、どういうこと?」 私が質問しても、さつきくんはうつむいて自分の足元を見つめている。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!