どうして歌わないの?

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どうして歌わないの?

あと三週間で、高校卒業。 高校三年の二学期の初めに、私はこの学校に転入した。約八ヶ月、通ったことになる。 短かったけれど最高に楽しいクラスだったから、卒業式も最高に楽しい思い出にするんだ。 そう思っていたのに、なんで彼は……。 私は、ある男子を放課後に呼び出した。場所は音楽室。 「合唱の練習をしたいので、鍵、貸してください」と、音楽の先生に頼んだ。本当はちがう理由だ。 「さつきくん。なんで卒業式の歌、歌わないの?」 「僕、ちゃんと歌ってるよー」 私に呼び出されたさつきくんは、驚いたような表情を見せる。 ……わざとらしい。 「今日の音楽の授業でわかったの。男子だけで歌うとき、さつきくんの歌声が聞こえなかった」 「かおりさん、僕の歌声わかるの?」 「わかるよ」 「はっきり言うねえ」 「だって、さつきくんの歌声は、推しのごっちんにそっくりなんだもん!」 さつきくんの表情が固まった気がする。 「ごっちん……後藤……後藤メイジ?」 「セイジよ、わざと間違えないで」 私はさつきくんに駆け寄った。さつきくんは後ずさりした。しかし私は、さつきくんの両肩をグッとつかむ。 「ねえ、なんで素敵な声帯を持っているのに、声を出さないの? 去年の文化祭の打ち上げのカラオケでは、しっかり歌ってたじゃん。しかも歌ったのは……ほら、何だっけ?」 「『きみに夢中でチューしたい』って、言わせんなよ……」 「そう、ごっちんのデビュー曲! ごっちんのキス顔がアップで映るCMのBGM!」 「声が似てる自覚はあったから、ウケ狙いで歌ったのに……こんなところに、ごっちんオタクがいるとは」 「ごっちんオタクは、雑草並みにどこにでもいるのよ」 「それ、自分で自分をディスってないか?」 「と、に、か、く!」 私は少し、さつきくんから離れて、息を整えた。 異性に詰め寄るなんて、私らしくない。私はもっと冷静にさつきくんを説得するつもりだったのに。 「口パクなんてさ、いっしょに卒業する私たちをバカにしてない?」 「そんなつもりじゃ……」 「お父さんもお母さんも……ううん、おじいちゃんやおばあちゃんが来てくれる子もいるかもしれない。みんな、悲しむよ……」 「でもなあ……よし、わかった」 「さつきくん!」 「かおりさんが歌ってくれたら、考えるよ」 「え?」 「期限は三日。かおりさんが僕の目の前で、アカペラで何か歌ったら、考えるよ」 「私が? ひとりで? しかもアカペラ!?」 「うん。歌を決めたら、また放課後に呼んでよ。一発勝負だよ」 さつきくんは耳元で私にささやいた。
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