ひらがな仲間で小林仲間

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ひらがな仲間で小林仲間

「僕を夢中にさせてね。メイジくんみたいに」 「だから、セイジっだっつーの!」 「じゃあねー」 さつきくんは手を振りながら去っていった。 さつきくん。かおりさん。 私たちは、お互いを名前で呼び合う。そういう仲ではない。 ふたりとも、名字が同じ『小林』だからだ。 しかも、席は隣同士。定期的にくじ引きをして席替えをする……はずなのに、私と彼はいつも隣同士になってしまう。 卒業するまで席替えはあと一回。 「小林ペアのおとなり同士記録は、通算15回で終わるのか?」と、クラスメイトはよく話題にしている。 授業で生徒を当てるとき、「次の問題は、小林いぃぃー……」と、ためを入れる意地悪な教師がときどきいる。 そういことがあった授業のあとは、ふたりで愚痴をこぼしている。 私が転入して半月ほど経った頃。まだお互い名字呼びだったときのことだ。 私たちは、いつものように不満を口にしていた。 『あの先生さあ、毎回毎回、今日はどちらの小林にしようかなって、勘弁してほしいよなー』 『だよねー』 『小林ルーレットは、小林以外の奴らはドキドキしないから腹立つんだよな』 『わかる、わかる』 『決めた。僕たちだけは誠実でいよう。小林の呪いから、解き放たれよう』 『呪いなの、この名字は。誠実にってどうするの?』 『僕、これからは、きみを名前で呼ぶよ。かおりさんって』 『え、えー』 何を言い出すんだ、いきなり。 『名前、ひらがななんだね。僕もそうなんだ。男子なのにひらがななんだよ、珍しいでしょ? ひらがな仲間アンド小林仲間として、よろしくね』 ……と、私がこの教室に来たときに話しかけてくれた、小林さつきくん。 この男子はいきなり他人の壁を飛び越えてくるかもしれない……と、私は警戒した。 好かれないようにしよう……好かれたら、好きになるかもしれない。 なぜなら、小林さつきくんは顔は普通なのに、声がイケボなのだ。この声どっかで聞いたことあると思って、私はドキッとした。 だから、好きにならないように自らブレーキを引いた。 私の親は転勤族だ。でも、私が高校生のあいだこれ以上は転校させないって、約束してくれた。 つまり残りの高校生活は、この学校で過ごす。 恋愛って、片想い、三角関係、付き合ったら、浮気、マンネリってめんどくさそう。  恋しなくたって、きらきらした高校生活は送れるはず。 私はそう思っていた。それなのに、彼は……。 『僕は、かおりさんって呼ぶから、きみは僕のことを、さつきくんって呼んでよ』 どさくさまぎれに男女の壁をぶち破る男子なのか、小林さつきくんは? 『本気で言ってる? クラスで噂されちゃうよ。ただでさえ、私たちペア扱いなのに』 『最近、気づいたんだ。同じ小林だから、きみのことを僕の分身だと思っているかもしれないってね』 『うわ……』 私も親しみを感じてるけど、小林くんほど深い感情を抱いてはいない。
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