4人が本棚に入れています
本棚に追加
どうして歌わないの?
あと三週間で、高校卒業。
高校三年の二学期の初めに、私はこの学校に転入した。約八ヶ月、通ったことになる。
短かったけれど最高に楽しいクラスだったから、卒業式も最高に楽しい思い出にするんだ。
そう思っていたのに、なんで彼は……。
私は、ある男子を放課後に呼び出した。場所は音楽室。
「合唱の練習をしたいので、鍵、貸してください」と、音楽の先生に頼んだ。本当はちがう理由だ。
「さつきくん。なんで卒業式の歌、歌わないの?」
「僕、ちゃんと歌ってるよー」
私に呼び出されたさつきくんは、驚いたような表情を見せる。
……わざとらしい。
「今日の音楽の授業でわかったの。男子だけで歌うとき、さつきくんの歌声が聞こえなかった」
「かおりさん、僕の歌声わかるの?」
「わかるよ」
「はっきり言うねえ」
「だって、さつきくんの歌声は、推しのごっちんにそっくりなんだもん!」
さつきくんの表情が固まった気がする。
「ごっちん……後藤……後藤メイジ?」
「セイジよ、わざと間違えないで」
私はさつきくんに駆け寄った。さつきくんは後ずさりした。しかし私は、さつきくんの両肩をグッとつかむ。
「ねえ、なんで素敵な声帯を持っているのに、声を出さないの? 去年の文化祭の打ち上げのカラオケでは、しっかり歌ってたじゃん。しかも歌ったのは……ほら、何だっけ?」
「『きみに夢中でチューしたい』って、言わせんなよ……」
「そう、ごっちんのデビュー曲! ごっちんのキス顔がアップで映るCMのBGM!」
「声が似てる自覚はあったから、ウケ狙いで歌ったのに……こんなところに、ごっちんオタクがいるとは」
「ごっちんオタクは、雑草並みにどこにでもいるのよ」
「それ、自分で自分をディスってないか?」
「と、に、か、く!」
私は少し、さつきくんから離れて、息を整えた。
異性に詰め寄るなんて、私らしくない。私はもっと冷静にさつきくんを説得するつもりだったのに。
「口パクなんてさ、いっしょに卒業する私たちをバカにしてない?」
「そんなつもりじゃ……」
「お父さんもお母さんも……ううん、おじいちゃんやおばあちゃんが来てくれる子もいるかもしれない。みんな、悲しむよ……」
「でもなあ……よし、わかった」
「さつきくん!」
「かおりさんが歌ってくれたら、考えるよ」
「え?」
「期限は三日。かおりさんが僕の目の前で、アカペラで何か歌ったら、考えるよ」
「私が? ひとりで? しかもアカペラ!?」
「うん。歌を決めたら、また放課後に呼んでよ。一発勝負だよ」
さつきくんは耳元で私にささやいた。
最初のコメントを投稿しよう!