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思い出は変わらず
どこからか歌が聞こえる。
懐かしい声音に引き寄せられるように歩いていくと、誰もいない公園に男の子の姿があった。
「きょーうはたのしい」
「ひなまつりー」
私が曲の最後を歌うと、男の子は私に視線を向ける。
そんな男の子に私は、なぜこんな所でひな祭りの歌なんて歌っているのか尋ねると、男の子は顔を伏せてしまう。
「どうかしたの?」
「……僕、妹がいるんだ。でも、もう会えないかもしれなくて。だから今日、最後に過ごすひな祭りの日に妹と歌う約束をしてたんだ」
だが帰ってみると妹は母親といなくなっていたらしい。
そう話す男の子が悲しそうにしていたから、私はひな祭りの歌を大きな声で歌う。
驚く男の子に「その子に届くくらい大きな声で歌お。私も一緒に歌うから」と言うと、男の子は先程よりも遥かに大きな声で歌う。
これは、私がまだ保育園に通っていたときのお話だ。
今では私も高校生。
あの時の男の子とはあれから一度も会わなくて、小学校や中学にもいなかったため、もうここにはいないのかもしれない。
ひな祭りが近づくと毎年思い出す。
あの時の男の子は今どうしてるのかなと考えていると、先生の声で現実へと引き戻される。
「今日は転校生がいる。入ってきなさい」
教室に入ってきたのは可愛い女の子だった。
男女共にカワイイという声が漏れ出し、先生の「静かに」という声の後、その子の名前が黒板に書かれた。
林田 桃花。
その名前に、私はひな祭りを連想してしまったのだが、それは皆も同じだったようで一人がこういった。
「桃花ってひな祭りの花みたいだよね」
その言葉で、一瞬その子の眉がピクリと動いた気がした。
その子は私の真後ろの席になり、何だか運命を感じてしまう。
ひな祭りが近づいてきて、あの時の男の子を思い出して、ひな祭りを連想させる可愛らしい転校生が来て。
このままあの男の子と再会。
なんてなったら嬉しいのだが、そんな上手くはいかないし、そもそも保育園に一度会ったきりの人を見ただけでわかるはずもない。
それから授業が終わると、後ろの席には数名の女子が集まっていた。
男子達も気になるものの、やはり高校生ともなるとなかなか声を掛けづらいようだ。
「桃花ちゃんっていい名前だよね」
「だよね。それに見た目も可愛いし」
「まさしく桃の花って感じ」
後ろの会話が聞こえてくるが、やはり私と思っていることは皆同じらしい。
そう思っていたとき、冷たい声が聞こえた。
「気安く名前で呼ばないで」
可愛らしい女の子から発せられたとは思えない言葉に、女子達は林田さんから離れていく。
このままでは孤立しそうだなと思っていると、やはり予感は的中。
嫌っているわけではないのだが、皆声が掛けづらくなっているらしく、林田さんに声を掛けるのは何も知らない男子くらいだった。
それも、声を掛けるのは可愛らしい見た目からであり、男子に下心があるのがわかる。
きっと、仲良くなってお近づきに、という考えなのだろうが、何より気になるのは人数だ。
一人で声をかけられないであろう男子は数人で林田さんに声をかけたり、中には友達から「声掛けてみろよ」と言われている人もいた。
だが、そんな男子達にも林田さんの対応は変わらず、冷たい言葉で追い払う。
クラスに一人はこんな子はいるのかもしれないが、特に一人が好きという風には思えなかった。
根拠はないが、何か怒っているように見えた。
転校してきたあの日から、林田さんは怒っているような気がする。
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