思い出は変わらず

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 そんなある日。  後ろでゴソゴソしている音が聞こえそっと振り返ってみると、林田さんは机の中やカバンの中を見て何かを探しているようだ。  冷たい言葉を言われるんじゃないかと躊躇いながらも声をかけると、キッと睨まれてしまう。 「えっと、林田さん、何か困ってるのかなって思って。余計なお世話だったかな」  苦笑いを浮かべながら言うと、先程までピリピリしていた雰囲気がなくなり「消しゴムを忘れたみたい」という言葉で、私は予備に持っていた消しゴムを貸した。  消しゴムを受け取ると「ありがとう」とお礼を言ってくれて、やっぱり良い子なんじゃないかと笑みを浮かべる。  それから数日経ったひな祭りの日。  あの日から少しずつ話すことが多くなった林田さんと、今日は一緒に帰ることになった。  話してみると、どうやら家が近いらしく一緒に帰ろうということになったのだ。 「林田さんに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」 「なに?」  この機会に私は、気になっていたことを尋ねてみることにした。  転校初日から今までの事を。  今でも林田さんの皆への対応は変わっておらず、私と話しだしたことによりちらほらと声をかけてくる子はいたのに、それでも駄目だった。  だが、何故私とは仲良くしてくれるのかの理由もわからない。  そのことを聞いてみると、林田さんは少し考えたあと話してくれた。  林田さんがまだ保育園に通っていた時の事だ。  好きだった男の子から「桃の花は、小さくて綺麗だよな」と言われた言葉が嬉しくて、今までなんとも思ってなかったひな祭りや自分の名前が好きになった。  その男の子は小学生になる前に引っ越してしまったが、2月の終わり頃になると、女の子達がひな祭りのことを話し出し、林田さんの名前が桃花であることから、決まってその話題はふられた。  それから小学6年の頃。  更に可愛くなっていく林田さんは男子からモテ、そこから女子の嫉妬をかったらしい。  仲が良かった友達も皆離れていき、名前の事を悪く言ったりし始めた。 「それから自分の名前もひな祭りも嫌いになっていった」  悲しげなその表情を見た瞬間、保育園の時に会った男の子のことが脳裏に浮かぶ。 「あかりをつけましょぼんぼりにー、 お花をあげましょ桃の花ー」 「な、なに?」 「折角可愛い名前なんだから、そんな暗い顔してたら勿体無いよ。歌って嫌なことなんて忘れよう!」  あの時のように、私は大きな声で歌う。  そんな私の姿に林田さんは笑うと、一緒に歌ってくれる。  歌い終わったあと、私は林田さんを家のひな祭りに招いた。  保育園のとき出会ったあの男の子のことが忘れられなくて、今でも家では雛人形を飾っている。  きっと今日は最高のひな祭りになる。  だって、こんなに可愛い桃の花が咲いてるんだから。 《完》
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