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◇ ◇ ◇
「郁海、カラオケ行かない? あたし思いっきり好きな歌熱唱していろいろ発散したい! なんかもう限界だよ!」
あれは確かまだ一年生の夏前、彼と気心も知れて来た頃だったと記憶している。
サークルでの基礎練習の繰り返しに、「これも決して無駄にはならない」とよく理解してはいても正直飽きも来ていた。
もっと実際的な、「演技」に直結することがやりたかったのも本音だった。
雅は経験者だからこそ、傍からはただ単調に思える基礎の積み重ねの大切さは身に沁みて知っている。かといって、それを楽しむ心境にまでは至っていなかったのだ。
その憂さ晴らしがしたかった。
「うーん。……悪い、俺カラオケはちょっと」
「あ、そう?」
言葉を濁しながらも「行く気はない」と意思表示する郁海に、友里奈ではないが発声練習等で「声の良さ・リズム感」を知っていたからこそ不思議に感じたものだ。
それでも、「楽しみ」として行くのに気が向かないなら仕方がない。強要するつもりなどもちろんなかった。
そもそも雅は、なんに関しても「一人で行動すること」に抵抗などないのだ。そのときも、たまたま隣にいた郁海に振ったに過ぎなかった。
「『発散』したいだけならさ、ボウリングとかバッティングセンターは? それなら俺も行くけど」
「身体動かすのもいいんだけど、なんか口に出したら急に歌いたくなって来た! じゃあさ、今度どっちか行こうよ」
「おー、了解」
結局雅は「一人カラオケ」で思う存分気の済むまで歌って、後日二人でボウリングに行ったのだ。
それ以降、彼にカラオケの話を振ったことは一度もなかった。
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