真緑の鉄塔

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沙夜子は服を着て、外に出てしっかりと扉のカギをかけた。 彼女は降雨の中、傘を差さずにゆっくりと家へと歩く。沙夜子が雨に打たれる様は実に美しく、雨滴が彼女を癒しているかのようであった。 悲しむことなんてない、翔太はこの世からいなくなった、今後彼が苦しい日々を送ることはないし、私が彼を思って心を惑わされることもない、翔太は永遠に私のものになった。 沙夜子は立ち止まって空を見上げる。木々の間から曇天の空を眺めて、彼女は、神様、私を罰したいならそうして、でも私は間違ってはいないと呟いた。 沙夜子はそのまま両親の家で昼食をとる。父親が、おまえ、何で濡れてるんだと聞き、沙夜子はちょっとそこら辺を散歩して、夏だったから雨を浴びたくてさと返す。母親は、キレイな女の子はそういうのが似合うわねと言い、沙夜子は、お母さん、私はそんなのは意識してないよと静かに笑った。 それからの沙夜子はいつもと変わらぬ日々を送った。学校ではクラスメートと穏やかに会話し、勉強にも部活にも励み、休日は祖父の家で過ごしつつ、時々は友達を呼んで会話と遊びを楽しんだ。 彼女が翔太の姿を心に映す素振りはなかった。少なくとも表向きは。 翔太の通っていた学校では、担任が近頃篠田君が来なくなりましてと警察に報告する。女の担任は、自宅アパートにも行きましたが応答がなくて、あの子はかなり貧しかったようで、転校を繰り返してまして、身なりも上品なものではなかったです、そのせいかクラスメートとも積極的な関りはあまりなくて、ただ目鼻立ちは非常に整っていて美形でしたね、母親があまり教育熱心でもなくて、加えてだらしない感じでしたと具体的に伝えた。 警察は当然母親の関与を疑い、アパートで彼女を待ち伏せて厳しく息子の所在を追求した。母親は、翔太は急に帰って来なくなったのよ、私は知らないと何度も繰り返した。それなら何で警察に行かなかった、普通は学校にも担任にも確認するだろうと言われ、もう少ししたらそうしようと思ってたのと答えた。警察はすぐにアパート内を調べたが、そこに翔太はいなかった。息子を探さなかった理由はと母親を問い詰めると、彼女は私には仕事があって、そのうち翔太も戻ってくるかと、でも心配はしてたのよと返した。 しかし母親は、近いうちに私達引っ越しの予定だったの、翔太がいないから中止にしたけど、転校を翔太が嫌がって私が手を上げてしまったから、それで帰ってこないのかもとその点は正直に告白した。あと一つ、毎週土曜に息子がどこかに遊びに行っていたらしいことも。母親の職場の同僚は、あの人は愚痴が多くて鬱陶しいですが、仕事はそれなりに休まずにやってますねと警察に言い、息子の行方不明を尋ねられると、どうでしょうねえ、心当たりがあるなら内心は不安だったんじゃないですか、息子よりは自分が可愛くて、ああいう人って自分の非を責められるのを特に嫌がるからと答えた。 警察は学校のクラスメートからも聞き取りを行ったが、誰も翔太と週末に遊んだりはしていなかった。警察はアパート周辺と学校近辺を捜索したが、何も手がかりは見つけられない。クラスメートの父母も、転々としていた翔太の母親と交流など全くなく、そこからも翔太の行方はつかめなかった。 これは誰か悪いヤツにでも連れ去られたか、それとも既にどこかで自殺でもと警察は判断した。 その後母親は逃げるように転居し、在籍期間が短くて、しかも身なりが貧相で皆との関りを避けていた翔太のことは学校でも忘れ去られていった。しかしクラスメートの何人かは、篠田っていなくなる前は急に明るくなったよな、俺達に挨拶もしてさ、よく笑うようになった、あれ何でなんだろ、もっと仲良くすればよかったと話した。
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