真緑の鉄塔

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その後、沙夜子と翔太が結びつくことは全くなく、年月は過ぎていく。 沙夜子は高校は進学校に通い、地元の有名国立大学に合格し、卒業後は中堅の住宅建築会社で働いた。 沙夜子の美貌は衰えることはなく、元々あった可憐さに更に妖艶さが加わり、よく男の目を引いたが、本人にはいつもどこか儚げな影が付きまとった。そのせいでもないが、沙夜子自身も男と交際する気がなく年を重ねた。学生時代から、彼女に接近しようとする男は常にいても、沙夜子はその度に一線を引いて上手にかわした。 娘の回りに男の姿が全くないのに心配した両親は見合い話を幾つか持ってきたが、沙夜子は確認もせずに断った。母は、あなただっていつまでも若くはないのよ、容姿だってそのうち萎れていくからと型通りの忠告をしたが、沙夜子は笑って取り合わなかった。 沙夜子は、私は一生独身でもいいよ、今どきそんなの普通でしょと結婚の意志が希薄なことを両親に伝えた。 仲のいい友人が、沙夜子は何で男を避けるの、あなただったら選び放題なのにと問うと、沙夜子は、そうじゃなくて、私ね、過去に心底好きになった男がいてさ、深入りしすぎて、もう無理なのよ、その人以外を愛するなんて出来なくなったと強く憂いある眼差しで友人を見た。友人は、あ、そうなんだと重い事情を察して沈黙した。 沙夜子は夜に一人になると必ずあの鉄塔を脳裏に映す。 鉄塔はあの日以来、半年の間にツタが異様に絡みつき生い茂り、幾重にも巻きつき、全体を真緑に変えてしまった。基部の扉も全く見えず、鉄塔を山の木々の一つとする気配を存分に発して。真冬でもその状態に変わりはなかった。 それは沙夜子の行いを知っている誰かが、彼女の罪を完全に覆い隠そうとするかのようであった。中学の時、沙夜子もその様を少し遠くから眺めて自身の罪を思い怖さが心に走った。 だがあれから沙夜子の夢に翔太が現れたことなどただの一度もない。己の心に翔太の霊気などが触れたりすることも。彼女はそれに堪らぬ寂しさを感じたりもする。 やっぱり人間は死ねば終わりなのか。過程がどうあれ、私達の縁もとうに切れてしまったのか。 私はそれを認められずに。 翔太は本当にもうどこにもいない。 沙夜子は三十を過ぎて、漸くそれを断ち切ろうと考えるようになった。ちょうどその頃祖母が行きつけの歯科医を沙夜子に紹介してきた。 加賀正良さん、私の担当でね、とにかく一度会ってみなさい。あなたにとって多少は可能性あると思うよ。 性格のさっぱりした祖母は特に勧める風でもなく淡々と言った。間違いなく両親から娘が異性に関心がないのを聞かされていたのは明らかであったが。 多少ね、祖母の言葉に沙夜子は苦笑した。 正良さんか、名前からして道徳的な人みたいだけど、おばあちゃんの言うことなら従ってみますか。 沙夜子は正良と食事をする。正良は、自分からしゃべることはあまりなく、沙夜子の会話にぽつぽつと相槌を打ち、実は私は今日いろいろと話のネタは考えてきたんですが、それが頭の中でごっちゃになってて上手く言えなくて、こんな男はつまらないですかねと聞いた。その雰囲気に沙夜子は逆に居心地の良さを感じた。正良は会計の際、今日は半額おごりましょう、次があれば私が全額出すかもしれません、安い店ならと言って沙夜子を笑わせた。 それから沙夜子は正良と幾度かデートを重ね、正良の奇をてらわない態度に、沙夜子はこの人なら身を任せてもいいかなと思うようになった。正良も沙夜子の実直で落ち着いた振る舞いに気を許し始めた。彼は、実は俺さ、きれいな女に偏見があったんだよね、以前そんな女と付き合って、もう外面と内心が真逆で、というか付き合ってしばらくするととにかく俺に対しては気が強くなってさ、手なずけておかないと気が済まない風だった、お嬢様と女番長が見事に同居してたよ、あれはきつかったね、最初にお嬢様に騙されたわけだなと言った。沙夜子は、そう、私も似たようなもんだけど、ただこの年になって少しは他人のことも考えるようになったかなと返し、正良は、沙夜子の態度に彼女の人生を思い共感を得た。 正良は、今回も本音言うと嫌だったんだよね、でも高峰さんの紹介を断るのも悪い気がしてと告白し、沙夜子も、それは私もよ、おばあちゃんは多少は可能性あるかもって、それならとりあえず相手の確認だけはするかって、そんなものだったと正直に言って、二人は笑った。 祖母が両親に、あの二人いい展開みたいよと報告すると、父は大喜びし、母は売れ残らなくてよかったと言った。 それからとんとん拍子に話は進み、二人は婚約した。
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