真緑の鉄塔

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翌日、沙夜子は学校を終えると真っすぐに公園へと向かった。初夏に入ろうかという季節、そろそろ太陽が本格的に大地を熱しようとする時期に、夕方の日も高くなっている。 沙夜子は額に少し汗を湿らせて、自転車を止めて公園へと入った。ベンチにはランドセルを隣に置いて、翔太がちょこんと座っている。 「ちゃんと来たか、律儀なことで」 沙夜子は隣に腰掛ける。お姉ちゃん、律儀って何?と翔太が聞いた。 「それはね、他人の良心を信じているという意味かな」 翔太は理解できず怪訝な顔をする。沙夜子はふふっと笑った。 「はい、これ」 沙夜子は右手に持った布袋を翔太に差し出した。翔太はぎこちなく中身を確認する。中には携帯ゲーム機と、そのソフトが二十個近く入っていた。翔太は驚いて目を見開いた。 「お姉ちゃん、これ俺に貸してくれるの」 「違う、それ全部あげるよ、あなたに」 「全部?ホントに、貰っていいの」 「お祖父ちゃんがさ、私に買ってくれたものだけど、私はもうやらないし、ずっと埃被ってたから」 「お祖父ちゃん、優しいんだね」 「うん、私のこと大好きだったみたい、二年前に死んじゃったけどね」 「死んだ?もういないの」 「今は天国、になるかな」 それでも翔太は沙夜子の境遇をうらやましく感じて、目を輝かせて布袋を何度も両手で握った。 「お姉ちゃん、大事にするね」 「お母さんには隠れて遊ぶのよ、あなたが誰から貰ったのなんて聞かれるのは私も嫌だから」 「大丈夫、お母さん、昼と夜の交代の仕事してるから、夜の時に遊ぶ」 「交代?どんなお仕事なの」 「今は病院で働いてるの、その前はどこかの工場で、その前はお酒飲むところだったっけ」 翔太はすらすらと答えたが、表情は寂しげだった。病院?看護師かな、工場はともかく、お酒飲むところって居酒屋かそれともキャバクラみたいな店で、翔太の顔立ちからして母親も美人なのか、それにしても職を転々としてるのねと沙夜子は思った。 「お母さんはどんな人?」 「いっつも、お金ないって嫌だ、楽になりたいって言ってる。それか誰かの悪口ばっかり、機嫌悪くて怖いの」 「翔太君にも厳しいの」 「俺のことなんかどうでもいいんじゃない、話しなんてほとんどしないし。休みの日はずっとテレビ付けて寝てるか、パチンコに行ってさ」 ご飯は作ってくれるけどね、忘れることもよくあるよ、その時はカップラーメンかパン食べるんだ、翔太は項垂れる。これはかなりの不人情な女かと沙夜子は判断した。母親にとって翔太は愛情を注ぐ存在ではなく、ただの世話の厄介な付随物に過ぎないのかと。 「あ、それならさ、土曜に私の家に来ない」 沙夜子は翔太の頬を撫でて言った。 「お姉ちゃんの?」 「そう、私の家だったら気兼ねなくゲームも出来るし、勉強も教えてあげられるかも」 ずっとお母さんといるよりはね、それくらいはいいでしょ、沙夜子は熱心な口調で提案する。 翔太は迷ったが、沙夜子の誘いに応じたいのは明らかであった。翔太は沙夜子に優しい母か、温かな姉を夢想した。
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