真緑の鉄塔

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休日の午前九時くらいにここにいてね、沙夜子はそう言って帰った。翔太は返事はしなかったが、彼が来ることは沙夜子には分かっていた。 沙夜子は心をわくわくさせて週末を待つ。土曜日になり徒歩で公園に向かうと、翔太が彼女を待っていた。この公園は、所々ゴミの浮かんでいる小さな沼の隣にあり、しかも周囲を鬱々とした感じで細い木々が生えていて、土曜の午前中でも翔太以外に人はいなかった。沙夜子の友達は、ここら辺てさ、殺人事件の現場として相応しいかもと言って、沙夜子を笑わせたことがある。 ここは私達二人の密会の場でも好都合かな。 「おはよう」 沙夜子が挨拶すると、翔太は満面に喜びを発散させて彼女を見つめた。沙夜子も表情には出さないが、そんな翔太の顔つきに心音が高鳴る。 「行こう」 沙夜子は翔太の手を握る。翔太は元気に手を振って歩いた。 沙夜子の住む家は低く連なる山々の麓にある。山道を下りて道路わきにある墓地を通過してそこに着くと、大きくはないが立派な木造平屋建ての佇まいに翔太は目を見張った。 「ここが沙夜姉ちゃんの家なの」 「そうなるかな、正確にはこれはお祖父ちゃんの家になるの」 今は私が一人で住んでてね、沙夜子は玄関の扉を開ける。 「一人?お父さんとお母さんは」 「両親はあっち」 沙夜子はすぐ近くにある鉄骨造りの二階建ての家を指さした。翔太はきょろきょろする。 「家が二つあるんだ」 翔太はお邪魔しますと靴を脱ぎ、上がり框に足を付ける。 沙夜子はリンゴジュースを大きなコップに注ぎ氷を入れて、冷蔵庫に入れていたチョコレート菓子と一緒に畳敷きの居間のテーブルに置いた。翔太はごくりと唾を飲む。 「遠慮しないで全部平らげなさい」 いただきます、翔太はコップを両手で持って勢いよく飲む。冷えたチョコレート菓子もバクバク口に運んだ。これはこれは飢えてますこと、沙夜子は肩を翔太の体につけた。 「お祖父ちゃんが亡くなってからさ、この家どうしようかって話になって、最初は誰かに貸すことにしたんだけど借り手が見つからなくてね、そのうちお母さんも同じ敷地内に他人がいるのは嫌なんて言い始めて、それなら私が住むって主張したのよ」 「そうなんだ、おばあちゃんは」 「おばあちゃんはね、県内にいるよ、ここからだとかなり離れてるけど。時々会って、ご飯食べさせてもらってお小遣いもくれる」 「一緒に住んでないの?」 「おばあちゃんは街中の方がいいみたい。ほら、あちこちに出歩くのが好きな人だから」 「分かった、バスと電車使うからでしょ。沙夜姉ちゃんはおばあちゃんとも仲いいんだ」 「うん、可愛がってくれる」 「でもこの家一人だと大きすぎだよ」 「住んでるとは言っても、私の役目なんてただの掃除、家は誰かが暮らしてないと荒れるしね。それで両親もそうしろって。三度の食事は向こうで済ませてるし、ま、私にとっては単に気が向いた時の別荘かな」 「別荘なんて贅沢だって」 翔太は口回りのチョコレートを舌で舐める。沙夜子はハンカチで彼の口を拭った。沙夜子は屈託なく明るく話す翔太に自分に心を許しているのを感じて沸々と嬉しさが湧いた。 それから二人は32型のテレビの前でゲームをする。 大画面で繰り広げられるアクションゲームに翔太は非常に興奮した。高い声を上げて体を大きく揺らし、その度にコントローラーも派手に動く。その熱中ぶりは、これまでに翔太がいかに閉じられた貧しい空間で生活を送っていたかを沙夜子に如実に感じさせた。 昼になると沙夜子はチャーハンを作って翔太に食べさせる。翔太は美味しい美味しいとこれもすぐに食い終わった。 それからも翔太はゲームをやり続ける。沙夜子はそんな溌剌とした彼の美麗な横顔をうっとりと眺めていた。 午後三時になると、翔太は、俺そろそろ帰るねと立ち上がる。 「翔太、来週も来るのよ、公園で待ってて」 沙夜子は翔太の頬にキスをする。翔太は目を閉じて沙夜子の唇を味わいつつ、小さく頷いた。
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