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和敬清寂
どのような憤りも、哀しみも、全てこの茶室では無に帰る。
地獄絵図のような陣中にあってすら、茶席は何ものにも犯すことのできない聖域でなければならぬ。
堺の茶道から、織田信長公を通して武士の側に寄った身が、太閤殿の下で磨かせて頂いた。
利休自身も気の長い気性ではなく、一本気で若い頃は癇癖の強い方であった。それがこうして、命のやり取りを常にする中でどのように心を鎮めるかが己の核となっていった。
こころを鎮め、こころを観て、こころを遊ばせる。それを他人は、『美』と呼んだ。
そして互いに信頼し、相手を思い、集う中で生まれた精神性が茶道の真髄であろう。
もし茶室で不祥事が一度たりとも生ずれば、二度と心に静寂を呼ぶ安心できる場所ではなくなってしまう。
利休は、茶杓を自らの手で一心に削り出しながら、こんな小道具の刃物以外を持ち合わせぬ自分が、武士と並ぶ処遇を受けようとは夢夢思わなかったなどと今更ながら驚いていた。
その傍では、宗恩も本日の来客を出迎える準備に余念がない。阿吽の呼吸で、ふたりはそれぞれの役割を全うすることに専念している。
吹き込む風で、燭蝋の灯火がいつもより揺らぎ膨らみ、その影になる利休の横顔をそっと見つめながら、宗恩はさすがに常とはいかぬものだと利休の心中の揺らぎを感じ取っていた。
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