スタンは歌う

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 駅前の広場で歌を歌っていると、スタンはひとりの男の視線を感じた。もちろんほかにも足を止めてスタンの歌声に耳を澄ませている人はいたのだが、ほかの人たちとは違う視線に、スタンの鼓動のリズムが乱れ始めた。  彼はスラッとした体形だった。足が長く、背が高い。魅力的な容姿に、スタンは釘付けになった。  彼が少しだけスタンに近づいた。スタンは彼の瞳を見た瞬間、歌声が裏返ってしまった。綺麗なサファイヤ色をしていたからだ。彼はその淡い色で熱烈な視線をスタンに投げていた。  やがて歌い終わり、立ち止まって歌を聴いていた聴人たちから拍手が沸き起こる。一礼すると人々はスタンの前から三々五々散っていった。 「君、いい声をしているね」  話しかけてきたのは、瞳の色がサファイヤ色の男性だった。さっきの人だ。スタンはありがとう、とお礼を言う。 「素晴らしい歌声に感動したよ。また来る」  その言葉通り、彼は毎日スタンの歌声を聴きに来た。チップまで置いていったりして、スタンはだんだんと彼に惹かれていった。そして彼もスタンの歌声に魅了されたようで、スタンたちは心を通わせ始めた。  彼は名前をアトラスといった。  スタンは幸せだった。大好きな歌を歌えば早歩きで歩いていた人たちも足を止め、自分の歌声に聴き入ってくれる。その中にはアトラスもいて、いつも熱烈な視線を自分に投げてくれる。  そんなある日、アトラスはスタンに言った。 「スタン。僕のうちへ来ないか?」  スタンは天にも昇る気持ちだった。まさか家に招かれるなんて。その意味が分からないほどスタンは子どもじゃない。覚悟を決めて、彼の家に行った。  アトラスはきれい好きなのか、部屋の中は整理整頓されていた。「君が来るから片付けたんだよ」と照れるアトラスを、スタンはかわいいと思った。  夜ご飯を一緒に食べて、彼がスタンの前に座る。二人きりのときは甘えん坊のようだ。少しジャレついて、見つめ合う。部屋には邪魔者はいない。一瞬の静寂。  アトラスはスタンの脚を自分の脚で撫で、指をスタンの身体に這わせた。スタンは小さく喘ぐ。  それが合図となった。  アトラスの指の動きが徐々に激しくなる。かと思えば優しさも含まれた柔らかなタッチで、スタンの気持ちいい場所を当ててくる。スタンの声は大きくなっていった。アトラスもその声を聴いて興奮しているようだ。スタンを激しく求め、スタンもまたアトラスに応えた。  あまりの激しさに、スタンの身体はピリピリと電気が走ったように痙攣し、果てかける。しかしアトラスはそれを許さないようだった。反り立つ心をスタンの深部に入り込ませ、自分の存在を主張する。激しく動くアトラスに、スタンはとうとう絶頂を迎えた。 「はぁっはぁっ……」  アトラスもまた、果てた。玉のような汗を額に浮かばせ、スタンに降り注ぐ。  フィナーレを迎えたふたりだったが、あまりの気持ちよさに三度繰り返した。 ***  幸せな生活が続いていたが、ふとスタンはアトラスの家に来てから外に出ていないことに気が付いた。またみんなの前で歌いたい。しかし、アトラスはスタンの外出を認めなかった。 「外に出したくないほど大事にしてるんだ。僕のためだけに歌ってほしい」  そう言うアトラスにスタンは愛を感じていた。  しかし、突然アトラスの機嫌が悪くなった。スタンの歌声に対して「響きが違う!」と怒鳴る。そしてハンマーのようなものでスタンを殴った。身体中殴られたスタンだったが、それでもアトラスを愛した。  そんなある日、知らない男たちが家に入ってきた。みんな帽子を被り、マスクを着けている。  スタンに緊張が走った。強盗か? ジッと観察していたが、たちまち黒い布に包まれ、身体を持ち上げられた。  スタンは恐怖に包まれた。暗い、怖い、見えない、声も出ない。どこに連れていかれるのか見当もつかない。海に沈められるのか、森に捨てられるのか……アトラスはどこ?  ただ、車で運ばれているということだけは、聴こえてくる音で分かった。  しばらくしてまた持ち上げられる。ゆっくりと下ろされ、布が取られた。  スタンはしばらく目蓋を閉じていたが、アトラスの手によって開けられた。  そこは以前、スタンが歌っていた駅前の広場だった。 「さぁ、スタン。今日はここで思いっきり歌おう!」  アトラスがスタンの前に座り、両手でスタンを撫でる。スタンは彼の指の動きに合わせて高らかに歌った。  その甘美な響きに人々が足を止める。そして口々にこう言った。 「素敵なピアノの音ね」  スタン――スタインウェイピアノ は、ピアニストのアトラスの手によって人々を魅了する音楽を奏でている。 END.
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