化け物と春の嘘

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「――え?」  吸血鬼は、ぽかんとして、隣に座った朔を見やる。  土曜の昼下がり。  ぽかぽかとした太陽の光が気持ちよく、手入れのされていない公園の地面には、シロツメクサやハコベ、タンポポやナズナなどの雑草が所狭しと蔓延(はびこ)っている。  のどかでうららかな春の日和に、突如、落とされた小さな爆弾。  朔は、何を言っているのだろう。  吸血鬼の頭の中を、彼女と経験した様々な出来事が走馬灯(そうまとう)のように駆け巡った。  まだ知り合ってさほど長い付き合いではないものの、見かけとは裏腹に計算高い彼女から、何度騙され、振り回されたことか。そんな、はた迷惑かつインパクトのある日々を、まさか忘れてしまったと言うのだろうか。 「ど……どうしちゃったんだい、朔? 何か、悪いものでも食べた?」 「……。あれは、全部嘘だったんですよね。本当は、ただの高校生なんですよね?」  吸血鬼の問いを完全に無視し、朔は話し続ける。しかも、割と大きな声で。 「う……、嘘じゃないよ? 本当に吸血鬼だよ!?」  狼狽した彼は、普段は人間に隠しているはずの正体を、自ら暴露してしまう。朔はそんな吸血鬼を見て、フッと笑った。 「もう素直になってもいいんですよ、吸血鬼さん。今日はエイプリルフールで、嘘をついてもいい日ですから。(いさぎよ)く嘘だと認めて謝ってくれれば、ちゃんと許してあげますよ」 「はあ? ――いや、そもそも、嘘じゃないってば!」  話が通じない。春の陽気にでも当てられてしまったのか。  本気で彼女を心配し始めた吸血鬼だったが、柔らかな口調に反して、その視線がひどく切実であることにようやく気がついた。 (あ……、そういえばさっき、見かけない子どもたちが来ていたな)  珍しいことに、朔の前に先客がいたのである。小学校低学年くらいの年齢の、姉弟のようだった。  人を避けるため、吸血鬼は普段、若者が嫌うというモスキート音を発生させている。しかし、たまに、朔や彼らのような者たちが入りこんでしまうのだ。おそらく、「蚊の羽音みたいな不快な音」程度のものを、気にしている余裕などないからだろう。  小さな滑り台と砂場くらいしかない小さな公園だが、ここから子どもたちのいる場所までは離れている。今は、弟が姉に向かって何やらわめいているようだ。彼らの会話の内容までは聞き取れない距離だが、朔の視線はその二人に向けられていた。 (なるほどね……。不自然に声が大きいのは、あの子たちに聞こえるようにってことか)  弟はともかく、姉の方は時折こちらを気にしているように見えた。  理由はわからないが、吸血鬼と会話していると見せかけて、実は彼らへメッセージを送っているということなのだろう。そう考えれば、このかみ合わない会話にも納得がいく。  納得はできる、のだが――。 「だって、吸血鬼らしいところもないですし、何もできないじゃないですか。方向性を間違えましたね、吸血鬼さん」  ――だが、こんなふうに悪口を言われて、反論せずにいられようか。
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