化け物と春の嘘

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「――そして、通報されちゃったわけですね?」 「はあ、はあ、はあ……っ、警察に、職務質問された……!」  息を切らして肩を上下させているのは、先ほど出て行った吸血鬼である。子どもたちに近づいたら怯えられてしまい、周りにいた人たちに警察を呼ばれてしまったのだ。 「職務質問……。吸血鬼さん、住所不定無職ですもんね……」  もちろん、学校に通っているわけでもない。  ショックでベンチに突っ伏した吸血鬼を、朔がまあまあとなだめる。 「きっと、外国の方に話しかけられたのは初めてだったんでしょう。びっくりしただけで、吸血鬼さんがヘンタイに見えたわけではないと思いますよ?」  それか、『さっき公園にいた自称・吸血鬼のイタイ大人』だと気づかれたか。その可能性が高そうだったが、朔は懸命に口をつぐんだ。  結果的に、姉弟は一番安全な大人に保護されたわけだ。……また吸血鬼の身を犠牲にして。 「マントがなかったからダメだったのかな……」 「マントを着ていたら、即、連行されていたと思います」  しばらくして吸血鬼が落ち着くと、朔が、「私ももう行きますね」と立ち上がった。吸血鬼に突き返されたクローバーをくるくる回している。 「でも、葉っぱ一枚くらい、受け取って下さってもいいのに。……今日は、エイプリルフールなんですから」 「よく言うよ。……四月一日は、明日だろ」  ――そう。今日は、三月三十一日。エイプリルフールには一日早い。  今日の朔は、どこまでも嘘つきだった。言葉を用いて相手をだまし、傷つけ、翻弄(ほんろう)する。おかげで、吸血鬼の心はボロボロだ。  しかし同時に、その言葉で、子どもたちの心をすくい上げようとした。  朔は、小さくフフッと笑った。 「やっぱり気づいていましたか。でも、あのくらいの子には、あんまりなじみがない日でしょう? きっと、わからないだろうと思って」  おどけた口調でそう言うと、今度はしんみりした口調で続けた。 「今日は、ひどいこと言って、ごめんなさい。……でも、吸血鬼さんなら、どれが嘘でどれが本当か、わかってくれると思ったんです」  そう言って、再度、残念そうに四つ葉を見やると、朔は帰っていった。
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