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「兄さん!」
寒くなってきたしそろそろ部屋に戻ろうかと考えていたところで、不意に背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
後ろを見なくても声の主が誰なのかはすぐにわかった。
「叶君?」
「よかった…部屋にいなかったから家中探したんだよ…。」
少し息を切らしながら、叶君はそう言って近づいてきた。
俺はそんな叶君の様子を見て驚いていた。だってあんな場面を目撃して、夕食のときには俺と目を合わせてくれなかったのに、なんで急にいつも通りになってるのかが理解できなかったから。
「やっとゴールデンウィークだね。ここ最近忙しかったから、ようやく休めて嬉しいよ。」
叶君は俺の隣に立ってそんな何気ない話を始めた。俺は戸惑いながらも叶君の話に相槌を打った。
そうしてしばらく話していると、突然叶君が黙り込んでしまった。
どうしたんだろうと思って叶君の方を見ると、叶君は空を見上げていた。先程までの俺と同じように。
「…兄さんはさ、昔からよくここから星を見てるよね。何か理由でもあるの?」
叶君は俺が叶君のことを見ていたことに気がついているのかいないのか、不意にそんな話を始めた。
理由…。星を見る理由…か。
「…大事な人を思い出せるから、かな。」
「大事な人?」
「うん。」
叶君の問いに俺は曖昧にそう答えた。
幼い俺の手を引いてくれた、優しくて強くて、かっこいい人。最後に会ったのはもう十年くらい前だけど、俺は今でもあの人のことが大好きだ。
「その人が俺に言ったんだ。『空は繋がってる。だから苦しくなった時には空を見て、この世界のどこかに俺がいるんだって思い出して。』って。だから考え事をする時とかはいつもここに来てるんだ。」
まぁここに来てるうちに、この家からだと星が綺麗に見えることに気がついて、どちらかというと空よりも星を見に来るようになったんだけど。
そんな話をすると、叶君は少し驚いたような顔をしながらもどこか嬉しそうにしていた。
「初めて聞いたな、兄さんの昔の話。兄さんってあんまり自分のことを進んで話そうとしないからさ。」
まぁわざわざ言うほどの話でも無いからなぁ。
俺が密かにそんなことを思っていると、叶君は俺の方を向いて言った。
「僕、もっと兄さんのこと知りたいな。もっと兄さんの話が聞きたい。」
そう言って微笑んでいる叶君の目はとても真剣で。そこでやっと気がついた。叶君は俺のことを心配してくれていたんだと。
どういう心境の変化があったのかは俺にもよくわからないけど、それだけは確かだと思った。
だって叶君の声が、思わず泣いてしまいそうになるくらい優しく聞こえたから。
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