竹の国から

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竹の国から

「朔弥。行くぞ」 「どこにですか」 「全国竹籠展覧会だ。函館区公会堂で開催されているんだ」  岩倉ビルにいた朔弥は父の強引な誘いを断れず、函館で開催されている工芸品の展覧会にやってきた。 「おお、すごい。これは素晴らしいぞ。なあ、朔弥」 「すみませんが、自分は向こうで休んでいます」  ……私はよく見えないと知っているくせに。    それでも元栄は朔弥を色んなところに連れて行きたがる。いろんな世界を見せたいという親心だとわかっているが、朔弥は人が少ない場所で作品をじっと見ていた。 「よろしければ手に取ってください」 「触って良いのですか」 「はい。自分の作品は生活用品なので」  彼は朔弥に竹籠を持たせてくれた。朔弥は細かい編み方を手で触り感じていた。 「このカゴは……何を入れるカゴですか」 「茶道具を入れるカゴですね。野点(のだて)用で、屋外で点てる時のものです」 「細かいですね……これを作るのにはどれくらいの時間がかかるのですか」  紙細工の趣味がある朔弥は職人と話し込んだ。彼は丁寧に教えてくれた。 「竹細工は編むよりも、材料の竹を仕入れるのが大変なのですよ」 「そうでしょうね。曲げたりするのですから、新しい竹では折れますものね」 「そこをわかっていただけるのは嬉しいな。あ、よろしければ向こうの席でお話ししませんか? 私はこういう人が多いところが苦手で」  彼は朔弥と一緒に作品から離れた席で一息ついていた。 「あなたも何かを作るのですね? 手つきが違いますので」 「私のは紙細工ですが遊びですよ。目が不自由なので自宅でのちょっとした趣味です」 「そうですか……私も自由に作りたいのですが。仕事になってしまうんですよ」  彼はそっと手を見つめた。 「師匠の親父がうるさいんですよ。道具は使ってもらってもらうものだと。飾られるようなものは作るな、と」 「では、ここに展示されているのは全て生活用品なのですね」 「ふふ、それは親父の意見で、妻は美というか、芸術派なんですよ」 「ほう、面白いですね」  二人は笑った。朔弥は彼に尋ねた。 「では、実際のあなたはどんなものを作りたいのですか」 「そうですね……特にこだわりはありませんが」  彼は椅子に背もたれた。 「使う人に合わせたものを作るのが、私の信念なんです。背負うカゴも若い男性と小柄なおばあさんでは大きさが違います。私はその人が使いやすいものを追求したいのです」    ……この人は本物だ。  目の前で生き生きと語る男性に朔弥は感心していた。すると二人の元に元栄がやってきた。 「朔弥、ここにいたのか。ん。こちらは、もしや司先生ですか」 「はい。私は、新城司(しんじょうつかさ)と申します」 「おお……これは息子が失礼しました」  感激している元栄と司の話が理解できない朔弥は、父を見上げた。 「父上、こちらの方は出品されている先生ですか」 「朔弥! この方は内閣総理大臣賞の作品で、作られた竹籠は宮内庁の献上品で」 「落ち着いてください! どうか、どうか」  司は元栄に冷静になるように手で制した。 「お静かに。騒がれるのは性に合わないので」 「失礼しました! あなたに会うのを楽しみにしていたので」  元栄は司が作る籠の愛好家であり、すでに数点持っていると言い出した。 「『マルシン』と屋号があればすぐに買っておりますぞ」 「ありがとうございます。今回も、数点、展示しております」 「おお。それを全部買わせていただきたいです」 「……お待ちください。民子! こっちに来てくれ」  司は商売は妻の民子に任せているといい、元栄を妻に紹介した。 「岩倉貿易様ですね。ありがとうございます。実は今回、ここにはない作品も函館に持ってきているんですよ」 「ぜひ拝見したいですな」  元栄と民子は商談を続けている。朔弥と司は二人に任せて展示会場を進んだ。 「恐れ入りました。そんな有名な先生と知らずに」 「そんなこと言わないでください。それよりもあなた様の紙細工を見てみたいです」 「先生にお見せできるようなものではありませんよ」 「……朔弥さんとおっしゃいましたよね。謙遜かもしれませんが、それでは作品が可哀想です」  司は朔弥の肩を持った。 「作品はあなたが作ったものです。たとえ世界中で批判されても、生みの親のあなただけは作品を愛してあげないといけないですよ」 「……先生のようにはいかないですよ」 「いやいや。そんなはずはない。そうだ!」  司は朔弥と作品を交換しようと言い出した。朔弥は戸惑った。 「先生とは無理ですよ」 「では気が向いたら送ってください。あなたの心がこもった作品を」  そう言ってこの展覧会の二人は別れた。元栄は司の竹細工を買うことができたのでホクホクであったが、朔弥は悩みを持って帰宅し清子に相談した。 「そうですか、そんな有名な先生と作品を交換することになってしまったんですね」 「ああ。どうしたものかな」 「……清子は、以前いただいた紙のお花が嬉しかったですよ」  それは竹細工では作れないのではないかと清子はいう。朔弥はその後、元栄が司に令状を送る際、思い切って自分で作った紙細工の花を司に贈ってみた。 すると後日、品が送られきた。 「清子。開けてみてくれ」 「いいですか……これは」  そこには茶室に飾る花籠があった。清子の目から見ても素晴らしいものであった。 「やっぱり立派な作品なんですね」 「ああ、繊細な作りだな」 「……朔弥様、そうではありませんよ」  清子は真顔で朔弥を見た。 「この先生は、朔弥様の紙細工の花を、この花籠に飾れるくらい立派だというお返事をしてくれているのですよ」 「そ、そうか」 「はい! ふふ……早速、朔弥様の花を飾りたい……あれ、ない? おかしいな……」  探している清子の背に、朔弥は声をかけた。 「失敗したのは全部捨てたぞ」 「え? 困ります! 紙細工で作ってください」 「いや……最近、疲れが溜まって」 「肩を揉みます! ささ、こっちに」 清子は朔弥の背後に座り、肩を揉む。 「うーん……耳も痒いな」 「耳かきもしましょうね」 「牛乳の寒天も食べたいな……本の続きも知りたい」 「はいはい」 「清子」 「何ですか」  朔弥はくるっと振り向き、清子の頬に口付けをしてフワッと抱きしめた。  ……司先生の評価も嬉しいが、俺は清子がいればそれでいいんだ。 「朔弥様。今度は耳かきですね」 「ああ」    清子の膝枕で横になった朔弥は、司がくれた花籠を手にしていた。  ……作品を愛する心か、先生と清子に感謝だな。  目を瞑る朔弥は微笑んでいる。 fin   🌸朧の花嫁2🌸記念の第五弾コラボです❣️  ㊗️9月13日発売です。 「竹ごゝろ〜大正恋愛ロマン、身分違いの恋を優しく編んで〜」の竹細工職人の司と朔弥は友達になれそうです!    どこまでコラボできるか、どうぞお楽しみに〜 次作は次週です。  
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