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狐の舞
「朔弥、頼みがあるのだ。実はまた湯倉神社で」
「断ります」
岩倉ビルの社長室。まだ何も言っていないのに朔弥は、元栄の話に首を振った。しかし元栄は全くめげずに続けた。
「まあ、そう言うな。今年、私は神社の役員の代表だと言っただろう」
元栄は、函館の湯倉神社に関東の神社の神主達がやってくると語った。
「役員なので私が出迎えないとならないのだが、お前、私の代わりに清子さんと行ってくれ」
「嫌です。自分は忙しいのです」
「少しだけ顔を出せば良いのだ、頼んだぞ」
朔弥の話も聞かずに元栄は勝手に決めてしまった。そして当日になった。行くことを渋っていた朔弥であるが、清子も行くと言ってくれたので近藤と共にやってきた。
湯倉神社の神主は関東からやってきたという神主達を紹介してくれた。今回は湯倉神社の節目の年といい、神主達も参列した祈祷を行うと朔弥達は聞いた。だが参列者が多いので清子は外で待っていることにした。そんな清子は、屋外に一人でいた神主を発見した。
「あの、そろそろ祈祷が始まりますが」
「……娘御、この松は蝦夷松か?」
「はい? あ、ああそうですね」
その神主は清子に背を向けたまま神社の木を見上げていた。清子も一緒に見上げた。
「見事であるな……うちの神社は杉の木ばかりだ……それに、あの屋根はなぜあんな形をしているのだ」
「屋根……ああ、雪が降るのであのような形ですね」
「雪か……左様か」
……あ、この人の顔には。
神主の衣装の彼の顔には、ひどい火傷の跡があった。そんな彼は、ふと清子の顔の痣を見つけた。
「娘御、その顔は怪我か」
「いいえ? 生まれつきの痣です」
「そうか。俺は火傷なんだ」
二人は互いの顔の傷を語り合った。彼は笑みを見せた。
「娘御よ、お前も顔に跡があるだけで、怖い人だと思われないか?」
「そうです! お化けと言われましたことがあります」
「俺もだ。だが俺も自分の顔なのに、夜、鏡を見てびっくりすることがあるんだ」
「ふふふ」
そんな彼は風の中で微笑んだ。
「俺は男で平気だが、娘御は苦労しただろう」
「そうですね……でも、今は、あまり、そうでもありません」
「そうか……」
二人は神社から海を眺めていた。会話はそれだけであるが、同じ傷を持つ二人には口にしなくても伝わってくる思いが流れていた。そんな風の中、背後から声がした。
「あの! 源之丞さん! 八雲神社の神主さんいませんか」
「……俺のことだ。しばし、待たせておけ」
彼はにっこり笑うと、着物の袂からそっと狐面を取り出して、顔につけながら語った。
「これを付けないと、みんな怖がるのでな……まあ、体の一部だな、これは」
「狐の面ですか」
「ああ……実はな、嫁以外に顔を見せたことがないんだが、素顔でこの景色を見たかったんだ……よし! もういいぞ」
「はい! あの、ここにいます」
清子が振り返ると近藤がいた。
「近藤さん! ここにいます」
「あ。そこにいたんだ。あの、皆さんが呼んでいます、え!」
近藤の前には狐面の神主が、清子と立っていた。近藤は驚いていたが、彼は清子をチラッと見た。
「娘御、案内してくれ。この面は周りが見にくいのだ」
「わかりました。どうぞ、こちらです」
清子は朔弥を案内するように彼の手を取り神社の奥殿に案内した。そこでは参列している神主や朔弥達役員が一斉に源之丞と清子に注目した。そんな源之丞に湯倉神社の神主は、一礼をした。
「では、神楽をお願いします」
「……かしこまった」
源之丞は一礼した。やがて笙と太鼓の音に合わせて彼は舞を披露した。奥殿に付き添った清子も近藤の誘いで端の席で見ていた。
……素晴らしいわ。
前席の朔弥にも見えているようで彼もじっと見ていた。他の神主達も見入っている源之丞の舞は力強く、厳かである。清子にはまるで彼の舞で、宇宙空間にいるような幻想的な気持ちになっていた。
こうして源之丞の舞は終わり、儀式も終わった。清子は朔弥のそばに行った。
「清子、お前も見ていたのか」
「はい。あ……」
「娘御。世話になったな」
源之丞は朔弥と一緒にいる清子のところにやって来た。清子は朔弥を紹介した。
「この方はその……私の婚約者さまです」
「岩倉と申します」
「世話になり申した。下野国、八雲神社の源之丞と申す」
源之丞はすっとお辞儀をし、朔弥を見た。
「貴殿は…………水鏡、か……」
「え」
「あの、神主さま、それはどういう意味ですか」
朔弥と清子が驚いていると、他の神主が慌てて源之丞を制した。
「すみません。源が迷惑をかけてしまって」
「……すまぬ、つい見えたもので……ではこれで」
源之丞はそういうと二人に背を向けた。しかし朔弥は声をかけた。
「待ってください。気になりますので、意味を教えてください」
「私からもお願いします」
「左様か……」
源之丞は振り返った。狐面のまま彼は語った。
「貴殿は水鏡のような人だと申したのだ。人の心を御身に映して、心で見ているのであろうな」
「私は目が不自由なので、そうかもしれません」
源之丞はさらにじっと朔弥を見た。不安そうな朔弥を清子は寄り添っている。
「……水鏡は、風で揺れることがある……揺れると映し出す物も揺らぐものだ……ゆえに貴殿は、常に心を整えておらねばならない」
「整える、ですか」
「ああ……それは難しい。俺もできない……だが、その娘御からは……そうだなぁ」
……わ、私には何が見えるのかしら。
朔弥と腕を組む清子はドキドキで源之丞を見ていた。狐面もじっと清子を見ていた。
……雪……血……そして、ああ、なんて暗い部屋だ。
源之丞が見ると清子からは悲しいことしか見えなかった。
……気の毒で……言えん! あ、もしかして。
源之丞はこの神社に来てなぜか面を外したくなった。そしてなぜか誰かを待っているような気持ちになっていた。それは痣のある娘に出会うためだと直感した。
……この娘御に、俺の顔を見せるためか……傷持ちの気持ちは傷持ちにしかわからん、ということか……
すでに清子に顔を見せている源之丞は、役目を果たしたのだと拳を握った。
……だが、ここは、励まさねば……
清子は目を輝かせて答えを待っている。源之丞は彼女が喜びそうなことを考えた。
「……カボチャ」
「え」
「お前はカボチャだ。どうだ、豪華だろう」
「ははは。すみません。源のことで迷惑をかけてしまって。では、これで」
彼の仲間の神主は源之丞を連れ出した。こうして神主達の集まりは終わった。朔弥と清子は近藤が運転する車に乗り込んだ。
三人は源之丞の神楽が見事だったと語った。
「それにしても、清子はあの狐の神主と話をしたのか」
「はい。外で待機されていたので」
「そうか」
……水鏡か、そう見えるのか。
源之丞の言葉はやけに朔弥に染み込んだ。だが、清子は考え込んでいる。
「でも、清子はカボチャですよね? それはどういう意味があるのでしょうか」
「清子さん! それは中身が詰まっているという意味じゃないかい」
「そうですか」
がっかりしている清子の手を朔弥はそっと握った。
「清子。いいじゃないかカボチャで、俺はカボチャが好きだぞ」
「そうだよ、栄養たっぷりだし、それにしても、あの狐面の神主さんは神通力で有名らしいよ」
そんな近藤の言葉を聞き、朔弥は清子を見た。
「そうだった。清子、あの神主と何を話したんだ? 全て話せ」
「全てですか? あの、その」
「奥の殿に手を繋いで入ってきたじゃないか。俺は知っているんだぞ」
朔弥はムッとした顔を見せた。清子は慌てた。
「よく見ていましたね」
「ふん! 俺は水鏡なんだから……なんでも見えるんだ」
「はいはい、朔弥さん、心を整えてくださいよ……あーあ。俺も見てもらいたかったな……」
車は海を左手にして進む。後部座席の朔弥と清子は、近藤の言葉で笑顔になっていた。
Fin
🌸朧の花嫁二🌸記念の第6弾コラボです❣️
書籍㊗️9月13日発売です。
「狐に嫁入る〜大正恋愛ロマン、人嫌いのあなたに恋をして〜」の源之丞が登場です。私が書いているのですが、源之丞の優しさが嬉しいです……!
どこまでコラボできるか、挑戦させていただいております〜
次作は次週です。
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