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金平糖の気持ち
「失礼します」
「こんにちは!」
「朔弥様、お客様が」
「水野さんと岡崎さんだろう。上がってもらいなさい」
岩倉家下屋敷にいた朔弥は、詩集の出版で世話になった水野と編集者の岡崎を屋敷にあげた。二人のモダンガールは客間で出迎えた朔弥に報告をした。
「朔弥さん。詩集はすごい反響なのですよ」
「品切れの本屋さんも続出していて。こっちも届けるのが間に合わないほどです」
興奮気味の二人に朔弥はにっこりと微笑んだ。
「二人のご尽力のおかげですよ。さあ、お茶をどうぞ」
「熱いですよ」
「ありがとうございます」
「いただきます」
清子が淹れたお茶を二人は飲んだ。そんな二人は、詩集の評判を語った。
「まず、表紙のこの絵が綺麗なんですよ。二人の男女が描いてあるのですが、見つめ合う視線が絶妙で、それに色味が淡い色で綺麗だし、それでいて函館の情景というかロマンがあって」
水野はうっとりしながら本を示し説明しているが、岡崎はその本を何気なく奪った。
「他にもですね。この『朧の詩』という題名も、今までにないものですし、何よりも恋の詩がいいですよね」
頬を染める岡崎に朔弥は嬉しそうにお茶を飲んだ。
「書いたのは叔父なので私からは何とも言えませんが、作品が受け入れられているのは身内として嬉しいです」
「いえいえ。それを発掘して本にされたのは朔弥さんですもの」
「そうですよ! 千里眼がありますよ」
「岡崎さん……私には超能力はありません。それをいうなら審美眼では?」
「やだ! 恥ずかしい……」
そんな岡崎の話を笑った後、二人は用事を言い出した。
「色紙を書いて欲しいのです。書店さんに宣伝で使っていただくので」
「色紙……だが、作者の叔父は亡くなっているのでどうしたものかな」
朔弥は隣に座った清子をチラッと見た。思案する清子に水野は頼んだ。
「でも出版されたのは朔弥さんです。朔弥さんの書でも良いかと」
「そうです。朔弥さんの言葉で推薦していただければ」
「……でも、そうですね」
考えている朔弥を見た清子は色紙を手にした。朔弥は清子に尋ねた。
「どうする? 清子」
「一旦預かって考えましょうか」
「そうだな」
朔弥は二人に応じた。
「とにかく。一旦お預かりします。恐れ入りますが、少々お時間いただけますか? 家族で相談しますので」
水野と岡崎は三日後にまた来るといい、帰って行った。清子は見送り、朔弥は色紙を手にし、悩んでいた。その時、瀧川は食器を片付けながら意見を述べた。
「うーん……そうですね。『心』とか、こう、大きく書いて誤魔化す感じで」
「別に誤魔化す必要はないと思うがな」
頬杖をつく朔弥に瀧川は目を輝かせた。
「だったら! 朔弥様の手形は?」
「本気で言っているようだが、俺は相撲取りではないぞ」
「ではこう、ささっと絵なんか描いたりして」
「もういい! 全く、他人事と思って」
「ふふふ……」
笑っている清子に朔弥も笑みを湛えながら色紙をはい、と渡した。
「どうぞ、清子さん」
「え」
「これは私の手には負えない。優秀な君に頼むとしよう」
「ですが、困ります」
清子は朔弥に戻そうとしたが、朔弥は腕を引っ込めて拒んだ。
「さて……私は紙細工の仕上げだ」
「私は回覧板を」
「ええ? ……そんな」
色紙を抱いた清子は、困ってしまった。だが、預かると言ったのは清子であり、朔弥も瀧川も冗談の延長の意地悪さである。
……さて、どういうのがいいのかしら。そうだ、詩集を読んで考えよう。
そんな翌日。清子は目の下にクマを作りながら、近所に買い物に出かけた。折り紙を買ってきた清子は、紙細工を作っている朔弥に尋ねた。
「くす玉の作り方?_」
「はい。まんまるではなく、こう、角があるものを作りたいんです」
清子が作りたいのは、ぼこぼこ状の球体であった。朔弥は不思議に思いながらも作り方を伝授した。
「お前がいうのはこんな感じか」
「そうです! すごい……朔弥様が作ったのは綺麗です……清子のはそうはならないです」
歪な形になってしまった清子の落ち込みを感じた朔弥は、清子の膝に手を置いた。
「まあ。これでよければまだ作れるが」
「そうですか? では、お願いします!」
こうして朔弥は言われるまま、紙細工を製作した。翌日は仕事で出社した朔弥は、色紙のことなど忘れていた。
そんな朔弥は、来社した仕事関係者と最近の出来事を話していた。
「あ。そうだ、岩倉さん。ご存知ですか? 最近、本屋で評判の詩集を」
「詩集ですか」
「そうなんです。『朧の詩』と言いましてね。嫁に買ってきて欲しいと言われ、昨日、やっと買えたんですよ」
朔弥は知らないふりをして尋ねた。
「そんなに人気なのですか」
「ええ。書店には色紙がありまして。それが素敵だと言って女性が見にきていましたよ」
「色紙が……それはどういうものですか」
朔弥は彼から詳しく聞いた。その話を受け、帰宅後、清子に話をした。
「聞いたぞ。色紙のことを」
「ああ、そうでしたね。朔弥様がいない時に、水野さん達がきたので」
「清子……」
「うわ」
朔弥は壁に手をつき、清子に迫った。
「お前は私を利用したな?」
「な、なんのことでしょう」
本当に知らない顔の清子に朔弥は顔をグッと近づけた。
「『くす玉』があるそうだな」
「あ?ああ、そうですね」
「聞いていないね……」
「ううう、すみません」
朔弥は意地悪く清子の額に自分の額をくっつけた。
「どういうことかな」
「説明します……あれは、金平糖なのです」
「金平糖?」
「はい」
朔弥が力を抜いたので清子は、肩に手を置き鎮めた。
「私、色紙には詩集の中から、一編の詩を紹介することにしたのです。その詩が『金平糖」だったので」
「ではあの『くす玉』は『金平糖』なのか」
「そうなのです!」
清子は色紙には詩を書き、そばには朔弥が作った金平糖があると説明した。
「本屋さんに色紙と一緒に飾ってもらっているそうです」
「…………」
「すみません。事後報告になってしまって」
朔弥は清子の髪を弄んだ。
「今度……一緒に観にいくぞ」
「はい」
「清子」
朔弥は清子の髪に口付けをした。
「その金平糖の詩を、読んでくれ」
「はい」
「その前に、お茶だ。部屋で待っている」
「はい!」
自室へ向かう朔弥は笑顔だった。広い背中はどこか嬉しそうだった。
fin
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