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いるはずのない「父親」
リカコは身にまとった黒いワンピースを何度もチェックした。ほつれも完璧に直っている。緊張のあまり青ざめてしまった頬に、少しだけ濃い目にチークをつけると、歪んだ水鏡の中に写る自分の顔がいくらかマシに見えた。
「ママ?」
聞こえた声に、リカコは反射的に微笑みを返す。
「ナイン、大丈夫よ」
彼女がナインと呼んだのは、まだ8歳の少年。急いで視線を合わせると、ほっとしたように小さな黒い目が微笑む。
ナインはリカコの『この世界』でのたった一人の家族だ。
(ナインは、私が守らないと……)
リカコはテーブルの上に、分厚い羊皮紙の手紙を置く。
親子を戸惑わせる手紙の送り主……ジーク・サエディルという男が約束した時間が、刻一刻と迫っていた。
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