いるはずのない「父親」

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 銀嶺の魔術師。ジーク・サエディル。  リカコが働く酒場たちに話を聞いて、懸命に集めた情報は次の5つ。  銀嶺という名は、彼の使う魔術に由来する。  美貌の魔術師としても有名。  南部の田舎に産まれ、先の隣国との大戦では、数々の戦果を挙げた。  その美貌ゆえか、女の噂は数知れない。  生来、身分が低かったためか、自身の地位向上に躍起。 (そんな男が、どうしてナインの父親だなんて『壮大な嘘』をつきはじめたの? 彼と私は会ったことさえない……いいえ、彼と私が知り合うなんて、絶対にできないのに!)  ため息をついたその時。鮮やかな緑色の風がリカコを包み込む。身体中から疲れがとれ、気持ちが明るくなった。  ここまで急激な効果を出す風など、魔術に決まっている。  この世界においては、だが。 「ナイン! 何をしているの?」  彼女が声を上げると、ナインがふくれっ面をする。  艶やかな黒髪と、健康そうな小麦色の肌。零れる白い歯を見せて笑う彼は、リカコと少し似た顔立ちをしている。 「ママが疲れてそうだったんだもの……」 「ああ……ごめんね。でも、今日はお客様がいらっしゃるの。だから、魔術師(ウィザード)としてナインもきちんとした服装をしないとだめだし、お客様に魔術が万が一当たったら危ないでしょう」 「……はぁい」  納得してくれたようだ。ナインに着せたローブを整えながら、リカコはもう一度一張羅のワンピースにほつれがないか改めて確認しつつ、化粧を進める。  彼女は水鏡の中を見つめた。できる範囲の化粧をしたが、うまくいっているか分からない。
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