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決まり
『男性スタッフと付き合ってはいけない』『私用での連絡や、店の外で会うこと、接触することは規則違反、罰金、もしくはクビ、厳しい罰則が課せられる』ってやつ。
最悪クビ、最悪クビよりも、『厳しい罰則』。
男性スタッフの方の場合はもっとエグい何かがある、なんて噂まで聞いたことがあった。
私は、確かに店長からそう教わった。
ずっと守って来た、店の規律だった。
もちろん、店に勤めているキャストのお姉さんたちだって、みんな守っているものだと信じ込んでいた。
だから私は何があっても、どんなに辛くても、どんなに出勤するのがしんどい日でも、弱音なんて一切ラインの文章には入れなかった。
出勤確認がラインではなく電話であったとしても、苦痛を声に滲ませることなどなく、出勤するかしないかの返答以外の事柄全てを、マネージャーには何一つ明かしたことはなかったのだ。
それをこの男と来たら、いとも容易く、簡単に「ああ、いいよ」と来たもんだ。
少なからず私は驚いた。
確かに飄々としていてお調子者な印象の男だったが、それは客の前でだけの姿であって、仕事自体は真面目にしているのだろうと思っていた。
いや、実際は不真面目であることもなんとなく見え隠れはしていたので、上手いこと手を抜いて、自分の利になることの方を選んで、店長や部長には仕事に対して真面目に取り組んでいると思わせることが出来るような、そういう生き方の出来る男のように、私には見えていた。
へえ、そうなんだ、いいのか、と、なんだかぽかんとしてしまった。
もちろん、自分にだけ特別に扱われたわけではない、と言うこともなんとなくわかった。
担当だからだ、それだけ。
彼は私の担当だから、そう言ったのだろう。
キャストのメンタルケアだって大事な担当の仕事なのだろうか、とそう思った。
ただずっと、そんな風にだけ考えて、そこでとどまっていれば良かったのかもしれない。
どうして、動き出してしまったのか。
彼は、変わらなかったかもしれないのに。
あんなこと、私がしなければ。
でも、無理だった。
あの時の私を、間違いだなんて言いたくない。
止められなかった。
だから、手に入れたものもある。
でも、たくさんの幸せにはその分哀しい想いもつきものだって。
よーく、わかっていたのに。
身に染みて知っていたのに。
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