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告白
ロッカールームを出て、よろよろとよろけながら、なんとかフロアへ出ると、マネージャーは店の出口付近の卓に一人で座って、静かに煙草を吸っていた。
そこまで行って、彼を見つめたまま立ち尽くす。
さっき、例え促された形だとしても、自分のことを好きだと心の内をバラしたばかりの私を見ても、何にも思っていないような顔をして紫煙を吐く。
淡々とした時間。
彼は灰皿に灰を落とすと、何事かを少し考えているように、再び煙を吸うことはなく、短い間を作る。
こわい。
緊張してしまう。
「うたこ」
「…はい」
「俺は、おまえのことが可愛いよ」
「…う、ん」
突然の言葉に、どこが?とは聞けなくなる。
だって、やっと笑顔をくれたから。
それは、最近手に入れた「No上位入りしたキャスト」に向けてくれるような笑顔とは、ちょっと違っているように感じた。
一度だけ見たことがある、はじめてNo2に入った時に見せてくれたそれとも同じではない。
細い眉毛が優しい形に下がっていて、口元は柔らかな、微かな笑みの形。
見たことのない顔。
それは、困っているのだろうか。
それとも、呆れているのだろうか。
それとも私が、「No上位のキャスト」が、思っていたよりもずっと幼稚で、幼いと言うことに気がついて、どんな風にあしらったら良いのか迷っているのだろうか。
「帰るか」
「はい、あの、マネージャー!!」
「なんだ」
「私のこと、嫌になりましたか?」
「なるわけないだろ」
「…そっか」
良かった。
本当かどうかはわからないけれど、でも、今の私への接し方は、嫌いなキャストに対する接し方ではないように感じられた。
まあ、店の男性スタッフが、キャストのことを面と向かって嫌いだなんて言うわけはないのだが。
だって、自分の給料の為と言うのももちろんあるだろうけれど、店に貢献してくれているわけだし。
大事なコマだ。
何より私は、No上位に入れるキャストになって来ているのだから。
そうそう邪険には扱えない、と言うのが正直なところだろう。
マネージャーは煙草を灰皿に押し付けて火を揉み消すと、その灰皿を厨房の方へと持って行って、すぐに戻って来た。
私は、マネージャーがどこに帰るのかすら知らない。
でも、私と一緒に帰ると言ってくれたのだから、タクシーに乗るところまでは一緒に行けるのだろう。
好きです、マネージャー。
せっかく二人きりだったのに。
その一言は、結局言えなかった。
店の照明を消し、出口へと向かうマネージャーの後ろを着いて行くと、自動ドアを出る。
彼は、シャッターを下ろすと鍵をかける。
そうやって手際よく店を閉めている彼の姿を、私はぼんやりと見ていた。
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