好きなひと

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好きなひと

手に入らないから、本来ならば規則違反に当たる行為だから、いけないことをしているから。 そういう、背徳感や罪悪感と言ったような要因も含まれているかもしれないと言うことには、まだ気がつけなかった。 子供だったからなのか、浅はかだったのか、そのどちらもなのか。 私は、何にも気づいていなかった。 その幾つかの要因のせいで、私はさらに彼を好きになってしまうのだろうと言うことにも。 そして、好きになれば好きになるほど、私は店にもっと多くの貢献ができるキャストにならなければならないと言うことにも。 そうすることが、私の担当であるマネージャーの中村さんにとって、自分を必要としてもらう手段となるはず、と、そう自分を追い詰める結果になるであろうと言う事実にも。 「ん、…」 「お、うた、起きたか」 「あ、…はい、」 「おまえ全然寝返り打たないな」 「あー、らしいです、って言うか!中村さん、ちゃんと寝ましたか?」 「寝たよ、見てただろ」 「…私、薬ですぐ眠っちゃったから」 「ちゃんと寝たから、気にするな」 本当だろうか。 中村さんの顔色は、元々はじめて会った頃から良いものとは言えなかったので、さっぱりわからない。 私は割と肌は全体的に白い方なのだが、反対に中村さんは色黒で、だからだろうか、クマがあるかだとか、具合いはどうなのだろうかとか、酔っているのだろうかとか、そういうのが、顔色からは全く判断が出来ないのだ。 私は、隣に裸のまんまで寝っ転がってスマホを弄っている彼にくっつくと、胸の上に頭を乗っける。 耳を押し付ける。 どくどくと、心臓が体中に血液を循環させている音がする。 響いてくる、やだもう、すき、すき、すき。 「中村さん、あったかい」 「うたは本当に、子供みたいだな」 「子供ではないです」 「そういやおまえ、なんで古い歌ばっか知ってんの」 「私18歳の時にスナックで働いてたんですよ」 「あー、だからか」 「好きな歌は松任谷由実の翳りゆく部屋です」 「死ぬ歌好きだなほんと」 「これは死ぬ歌じゃないですよ」 「今14時だけど、うた、どうする?」 「ここに、いる」 「わかった。俺は16時前になったら行くから」 「わかりました、タクシーですか?」 「そ。昨日は飲み過ぎたな、俺も」 ごろりと中村さんがこちら側を向くと、同じく裸のままの私の首の下の隙間に腕を通して、腕枕をしてくれる。 細くて肘の骨の形のよくわかる、長い腕だな、と思った。 髭の生えたチクチクとする顎を私の額に乗っけると、手のひらで頬を包まれる。 なあに?
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