無言

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無言

私は木村さんと共に既に何度も訪れているので、元気な声で挨拶をしながら、お店の雰囲気を壊さない和風の仕様になっている引き戸式のドアを開ける。 「うたこさん、いらっしゃい」 「いらっしゃいませ」 「お疲れ様ですー」 その居酒屋の店長がにこやかにカウンターの中から私に向かって挨拶を返してくれると、店長の奥さんも、店員もそれぞれ返事をしてくれる。 私は精一杯の笑顔を作って、店内に踏み込んで、木村さんの姿を探す。 木村さんはいつもスーツ姿だったが、スーツ姿のサラリーマンにしては違和感ありありなスキンヘッドなのですぐに見つけ出すことが出来る。 居酒屋にしては少々お高めな店だからか、客は疎らだった。 客層はだいたいが一人か二人組で訪れる場合が多い、美味しくて繊細な見た目の美しい料理や、珍しいお酒を楽しむ為に来ているような人達ばかり、と言ったような印象の店だった。 「木村さん、お待たせしました。すみません、お疲れ様です!」 店の端っこにある四人掛けのテーブル席で、私には背中を向ける形で座っている木村さんを見つけると、足早に駆け寄ってその肩にぽん、と手で触れた。 多分私の先ほどの挨拶も聞こえていただろうし、店長たち「うたこさん」と言ったので、私が来たことはわかっただろう。 けれど、こちらを向いていつものように「おお、来たのか」とか「そんなに待ってないから大丈夫だ」とか、声をかけてはくれなかった。 もしかして、やはり少しばかり不機嫌にさせてしまったのだろうか、と心の中で焦ってしまう。
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