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木村さん
「うたこ、急で悪かったな、座ってくれ」
「…はい!ありがとうございます。木村さん、どうかしたんですか?木村さんから、あんなにお願いするなんて、何かあったのかな、って、私心配してました」
ご機嫌伺いとその回復につとめるべく、たくさんの「心配していた素振り」を込めた言葉たちを、椅子に腰かけている間に一気にまくしたてる。
隣の誰も座らない椅子にバックを置くと、向かい側に座っている木村さんのことを不安そうに見つめる。
テーブルの脇には空になったビールの大きなジョッキが二つ置いてあり、木村さんの目の前には、もっきり、つまり升の中にグラスが入っており、そこになみなみと日本酒が注いであるもの、それとお刺身が並んでいるけれど、どうやら酒にしか口をつけていないように見えた。
「…悪いな、今日、うたこが約束を断った友達には、俺から場内を入れるか」
「そんなそんな、大丈夫ですよ、気にしてませんでしたから」
だってそんなのは嘘だし。
一緒に夕食を食べようと約束をしていた友達なんて実際にはいやしない。
木村さんからの同伴のお願いを断る為に、一度ついた嘘なだけなのだから。
アホで色ボケしていた私が、中村さんの部屋で少しだけでも長い時間を過ごしていたかったと言う、ただそれだけの気持ちからついた嘘だ。
ついでに言うならば、マネージャーが「ヤクザと同伴はやめておけ」と言ったから。
だから断る為についた嘘であって、木村さんが謝罪すべき相手などはじめからいないのだ。
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