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唐突な申し出
その日は、私が思った通り、木村さんはラストまで店に居てくれた。
結構値段が高めのシャンパンを入れてくれて、珍しく饒舌になり、私に自分の思いの丈を語ってくれた。
正直愛が重たいくらいだったのと、私と言う人間をとてつもなく美化しているのではないだろうか、と思える内容だったので困ってしまう。
私は「そんなことないですよ」と「ありがとうございます」と「そんな風に言って頂けて嬉しいです」の三つでなんとか木村さんの想いに応えることしか出来なかった。
他の指名客が訪れ、私が卓を離れる際には、いつもの木村さんらしくなく、少しばかり駄々をこねる。
そういう指名客もたまにいるので、私はそのたびに軽く宥めすかし、「貴方のところに本当はずっと居たいのだけれど」と、そういう素振りをして、なんとか躱していた。
もちろん、来店してくれた他の指名客にはそんな風には見えないように、木村さんだけがそう思い込むようなやり方を選び、幾度かそれを繰り返す。
何度目かのそのやりとりが行われた後、他の指名客の卓についている時間が終わり、マネージャーに促されて木村さんの卓へ戻ると、最初のよりも値段の高いシャンパンを入れてくれていた。
他の卓でももちろん酒を飲んでいたので、結構な勢いで酔ってはいたが、飲まないわけにはいかない。
私は木村さんに「ただいま戻りました」と微笑んで、すぐにでもここへ帰って来たかった、と言うように、急いで隣に座る。
ヘルプについていてくれたキャストのお姉さんは、シャンパンには手をつけず、グラスでドリンクを別に頼んでもらったようだ。
「うたこ、幾らあったら、店を辞められるんだ」
「はい?」
木村さんが、唐突に意味のわからないことを言い出したので、呆けてしまう。
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