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愛って、なに?
木村さんがソファから立ち上がったので、私もなんとかそれに続く。
フロアを抜けて、出口の自動ドアをくぐると、木村さんが私に言う。
「うたこ、本当だ、愛してる」
「…はい、ありがとう、ございます」
「忘れないでくれ」
「もちろんです」
木村さんはなんと私の事を愛していたらしい。
けれど、そのうっとりとした木村さんの酔った目を見ても、私の心が動くはずなどないのだ。
愛なんてもんは知らん。愛ってなんだ。みんな、そんなに「愛」ってやつが欲しいのか。
ミサも言っていた、彼氏から「愛されてるのかな」って。
私には全くもって理解不能だ、何がどうなったら愛なのか、どういうものがなんだったら愛なのか。
みんなは、愛ってやつがなんなのか、知ってるっていうの。
「じゃあ、またな、うたこ」
「はい!気をつけて帰って下さいね。ありがとうございました」
踊り場から、階段を下りて行く木村さんのでっかい背中を見送って、私は控えめに胸の横辺りで手の平を振る。
姿が見えなくなるまでそこに立って、手を振り続ける、それが例え限界突破していたとしてもだ。
客が、万が一振り返って、名残惜しくなった時に、まだそこに健気に手を振る私がいたら、彼らは喜ぶだろうと思うから。
だから私はどんな客が帰る時であろうとも、相当忙しい時以外は送りの時はそうしていた。
ほら、振り返った。だと思った。
今度は腕をあげて、大きく振る。
木村さんも、私に向かって手を振った。
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