楽ちん

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楽ちん

元々色恋を仕掛けなくても良い「自分に気のある指名客」であるキヨシくんに、余分に優しく接したり、同伴の時に手を繋いで恋人同士のような気分を味わってもらったり、そのくらいの小さな事柄ではあった。 でも、わからない、この「同情」、に近いかもしれない行為が、そのうちエスカレートしてしまったらどうしよう、とは思うのだ。 「私、キヨシくんに諦めて欲しいです」 「まあ、そんなに金も落とさないしな、うたには悪い言い方だけど」 「いえ、私もそう思ってるので」 「思ってるのか、意外だな、おまえは結構客に対して誠実だろ」 「それはお会計込みで、ですね」 そう、本来ならばそうなのだ。だからキヨシくんは困るのだ。多分年齢が近いせいだとは思うのだが。 なんだか一緒にいると、自分までただのどこにでもいる学生の19歳の女の子、のような気になってしまって、ついつい素に戻ってしまいそうになるのだ。 好意を持っているわけではないけれど、会話も合うし、カップルがデートをするように過ごすその同伴の時間帯はとても面倒で、なんの利益にもならないと言うことはわかっているのに、どういうわけだか断ることが出来ない。 「うたは、仕事に関してはしっかりしてるから、任せるけど」 「多分そのうち、お金がもたなくなるか、目が覚めると思うんですけどね」 「わかってるなら、うたは、仕事の仕方、間違えないことだな」 「うう、気をつけます、なんかキヨシくん年が近いからか、気を許しすぎちゃうんですよね」 「どうにもならなくなったらまた相談しろな」 「うん、お願いします、マジで」 黒猫柄のマグカップから焼酎を飲んで、灰皿に置いていた半分ほど燃え尽きた煙草を再び指で挟むと吸う。 明日は下のコンビニで、中村さんの吸っている銘柄の煙草を買ってからヘアメに向かおう。 仕事が終わってアフターが入らなかったら送りで帰って、家で何着か店に着て行く用の服を選んで、それから下着と薬とコンタクトレンズの替えも忘れずにキャリーケースに詰めて、中村さんの部屋に少しだけ自分の私物を置かせてもらうんだ。 離れる日が来た時も、そのキャリーケースひとつあれば事足りる、それだけの物たちだけでいいのだ。 すぐに出て行けるように。すぐに片付けが終わってしまうように。 簡単で、楽ちんで、まるで何もなかったみたいな、そんな感じで。
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