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いいよ
ミサのカレシが、もしかしたらロクデナシかもしれない。
大切なミサが、酷い目にあうのは嫌だ。
誰か、誰だったら、良い案を私にくれるだろう。
泥酔してロッカールームで眠ってしまったミサは、あんなに幸せそうだったけれど。
だけど。
ロッカールームの前に辿り着くまでの間、なんとか勇気を振り絞り、マネージャーのスーツの裾を引っ張って小さく声をかける。
「あの、マネージャー、ちょっとだけいいですか」
「なにかあったか?」
「えっと、今度でいいんですけど、相談したいことがあって」
「うたこが俺に相談って、はじめてだな」
「そうなんですけど、えっと」
「じゃあ、ラインか電話でいいか」
「え?むしろ、いいんですか?」
「ああ、いいよ」
いいって。
いんだって。
男性スタッフのスマホに、私用で連絡をしても、いいんだって。
そう言った?
いいって、えええ?
本当は、ダメじゃなかったっけ?
私が18歳の終わり頃、はじめてこのキャバクラに面接に来た時、体験入店をして、受かって、これから働きます、となった時、「これからこの店で働きます、こういうことを認めました、了承しました」と言うようなことが書かれている同意書のような紙にサインをした。
ちなみに私の面接を担当してくれたのは店長だった。
一緒にこの店で働こうと私のことを誘ってくれて、一緒に体験入店をした同じ専門学校に通っていた友人はもうとっくに辞めてしまっていた。
それでも私はミサと仲良くなったこともあり、この店に残ったのだ。
それで、そうそう、その「同意書のようなもの」にサインをした時に、店長から店の禁止事項や、ルールなんかもきちんと教えてもらったのだ。
遅刻する時は担当の男性スタッフに一言連絡を入れる、無断欠勤は罰金。
同伴の際は、遅れても良いのは出勤予定時間から2時間以内までの間で、同伴してくると言うこともちゃんと担当に連絡を入れておくこと。
何か理由のある欠勤の場合は、前もって3日前までに担当に連絡をしておけば罰金はナシ。
無断欠勤の場合は、罰金アリ。
連絡アリの遅刻は理由によっては罰金ナシ、連絡ナシの遅刻の場合は罰金アリ。
そして、店に自分の彼氏を呼んではいけないと言うこと、客と付き合うのはなんとなく黙認されているようだったけれど、それでも「付き合っている」と言うことはバレないようにしなければならない、と言う暗黙の了解がある。
それに、客と付き合うキャストのお姉さんなんて滅多にいなかった。
と、言うか、私は19歳の時点では見たことがなかった。
付き合えるようなフリをして、もしくは、付き合っている体で、店にひっぱる、と言う「色恋営業」と言う場合がほとんどだったのだと思う。
もちろん性格や価値観が合って、お付き合いをしていたカップルもいたかもしれないが、この時点では気がつけなかった。
そうしてそう、これだ。
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