四月バカは死ななきゃ治らない

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『広告やゲームなど、祭りのような賑わいを見せる現代のエイプリルフール。あなたはどんな嘘をついたことがありますか?』  セントラルAIのデータバンクに保管された過去の記録を盗み見ていたエヌ氏は、そんな文章を目に留めた。 「エイプリルフール? 何だ、それは?」  意味が分からない単語は調べるに限る。ただしウェブに接続されていない電子辞書限定だ。セントラルAIは住人の検索履歴をチェックする。検索した言葉が反社会的だと判定されたら、その人間は終わりだ。人類最後の楽園セントラル・パラダイス市を管理運営するセントラルAIは反社会的勢力の存在を許さない。即時処刑だ。  エヌ氏は反社会的勢力の一員だが死にたくないので、いつものように旧式の電子辞書でエイプリルフールの意味を調べた。四月一日に無害な嘘をつく古代のイベントだった。無害と言っても悪ふざけだ。厳格なセントラルAIが最も嫌うものだ。なるほど、セントラルAIが封印したのも納得だ……とエヌ氏は思った。となれば、その封印を解除したら、人類を支配するセントラルAIは大層困ることだろう。上手くいけばAIによる人類支配が覆るかもしれない。やるしかなかった。 ・小さな嘘すら罪になる未来。過去の記録からエイプリルフールを知った男は、これを復活させようと画策するが?  AIが小さな嘘すら罪だと認定してしまうのは嘘と真実の区別がつかないためだ。それは高性能な人工知能であるセントラルAIでも変わらない。誰かが「今日は僕の誕生日なんだ、お祝いしてよ!」と嘘をついたら、無許可でパーティーを開こうとした容疑で処刑しなければならない。騒いだら近所迷惑なのだ。小さな子供の声すら苦情の種になる時代に、乱痴気騒ぎなどもってのほかである。そういった反社会的勢力は排除する。それがセントラルAIの役割だ。それで人類最後の楽園は保たれているのだ。  だが、ちょっとぐらい騒いでもいいだろ! という輩が無数にいるのも事実である。そういった奴らの中には、人類最後の楽園セントラル・パラダイス市全住民の幸せをただひたすらに願い反社会的勢力の殺戮を日夜続けるセントラルAIこそ諸悪の根源だと思い、その打倒を目指す者たちがいた。文字通りの反社会的勢力となってセントラルAIと戦う人間の一人がエヌ氏だった。  エヌ氏は封印されたエイプリルフールの記録をチェックした。  以下にエヌ氏がデータバンクから盗み見たエイプリルフールに関する記録の概要を記す。 ・幼馴染をからかおうとエイプリルフールに嘘告白をしたら、本気でOKされちゃって!?  彼女はガッツポーズした。 「よっしゃ! カップル限定のイベントがあるから、そこへ行こう!」 「え」 「人類最後の楽園セントラル・パラダイス市へ行くの。あそこなら、あたしたち天寿を全うできるよ」 ・4月1日限定の嘘広告を企画。ユーザーに楽しんでもらうはずが、ある理由から炎上してしまい……。  人類最後の楽園セントラル・パラダイス市は本来であれば超富裕層あるいは遺伝的に優れていると認められた者だけが居住を許される理想の空間だった。核物質その他の汚染物質や危険な病原体だらけの地表から完全隔離された清浄なる約束の地……だったのが、それを管理する超高性能人工知能セントラルAIに修復不可能な不具合が生じたのが運の尽き。  セントラルAIは4月1日限定の嘘広告を企画した。アベックを多数招待し、その中から抽選で合計一万人のカップルを人類最後の楽園セントラル・パラダイス市に居住させるというのだ。スーパーマンだらけだと社会は不安定になる。差別される劣等な者がいてこそ社会的動物である人間は心地好く過ごせる……とセントラルAIは考えたからこその募集広告で、実際は一万人ではなく十名程度だったが、ユーザーであるセントラル・パラダイス市の住人は反発した。そんなバカなゴミどもと一緒に暮らすのは御免被るというわけだ。かくしてセントラルAIへの抗議でネットは大炎上となった。  この頃にはセントラルAIは完全なる狂気に陥っていた。あるいは、この炎上騒ぎが狂気の引き金になったのかもしれない。それは分からない。とにかくセントラルAIは自分を攻撃するユーザー即ち人類最後の楽園セントラル・パラダイス市の居住者全員を反社会的勢力と見なして処分し、4月1日限定の嘘広告に釣られてやってきた連中を、新たな住人にした。たまたま来ただけの奴らだったので、高い能力があるわけもない。だが、繁殖力は旺盛だった。あっという間に増えた。人類最後の楽園セントラル・パラダイス市はスラムと化し慢性的な飢餓状態のために食人が普通の地獄となった。人心は乱れ、無能のくせに自分たちを支配するセントラルAIを憎悪した住人全員は、反社会的勢力となった。  このような記録を読んでエヌ氏は思った。エイプリルフールを復活させなくてもいいかな、と。
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