第1章

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「ま、遅かれ早かれ独立したいとは思ってたからな」 これは本音。自動車整備士である大和の夢は、自分の整備工場を持つことだった。資格を持って就職した外資系ディーラーで経験を積み、腕を評価され始めたところでの突然の退職。引き留められはしたが、それは同僚や後輩からだけで、本当に上の立場の面々からは快く送り出された。 大和の本当の退職理由。それは引き抜きーースカウトだった。輸入車の正規ディーラーで整備士をしていた大和は、元々高級輸入車に乗る層と接することが多かった。2年前のことだ。他店で修理と故障を繰り返していた年代物の車が持ち込まれてきて、オーナー直々になんとかならないかと相談されたのがきっかけだった。その際の大和の腕が買われたらしく、納車後すぐそのオーナーにスカウトされた。 「きみの腕が必要な世界はこんなところじゃない。もっと大きな仕事をしてみないか」 たしか、そんな感じの口説き文句だった。問いかけの形であったとは記憶しているが、あとで振り返ってみると、その時大和に選択権は無かった。会社にはすでに話が通っていたし、上司には嫌な顔ひとつされることもなかったからだ。 大きな仕事。あの時のオーナーは、国の偉いお役人さんだった。現在の大和は、整備工場経営の傍ら、国土交通省の職員として国家任務としてのクルマ弄りに明け暮れている。 省庁の地方分散は、ここ5年で急速に進んだ。国交省が名古屋に移転していなかったら、自分がスカウトされることもなかったのだろうと、大和はしみじみ考える。
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