第5章

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全く便利な世の中だ。決してコミュニケーション能力の低い部類の人間ではないと自負しているけれど、やはり面倒は少ないに越したことはない。夏帆は手元の端末をタンタンとタップした。本日のデートは、これで終わり。恋人とは至って順調。顔を合わせないから喧嘩もない。 すっかり黒くなった液晶画面の上に、サバトラ柄の猫がやってくる。まだほんのり暖かいのだろう。 「トム、肉球スタンプやめてね」 ンーと返事をしたつもりの猫は、本名トーマス。夏帆が任務中に保護した雑種のオスで、サバトラなのだが虎模様が薄く、人気アニメのキャラに色が似ていることから命名した。 幼少時、家庭環境に難ありだった夏帆は、施設で育った。一応両親ともどこの誰かは分かっているし、戸籍上の姓もあるのだが、自分にとっては面倒ごとでしかない。浅い繋がりであることにかこつけて、義務教育以降、ほとんどフルネームで名乗ることはなかった。 テーブルに載ったコンパクトな目覚まし時計に目をやる。バイトまでまだ時間はある。掃除でもしようかな。夏帆は窓を開け、ハンディモップを手に部屋の埃を探した。
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