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 ランチの最後の客を送り出し、アイドルタイムに入った店内でディナーの準備を進めていると、 「ちょっと、陽君。聞いて聞いて。この間有希っぺとデート行ってきたの」 「デート?」  自分でも情けないぐらい敏感に反応してしまい、それを見た琴ちゃんは思惑通りといった満面の笑みを浮かべた。 「そ。カフェ行って来たんだ。ね、有希っぺ」 「ああ、この間ね。うん」  いかにも一大イベントの結果報告とでもいうかのように盛り上げようとする琴ちゃんに対し、有希さんはいつも素っ気ない。それはそれで、彼女の魅力の一つだ。 「それで今度さ、『マンマミーヤ』に行こうって話してるんだけど、陽君も一緒に行かない?」 「え、俺?」  まさか自分が誘われるとは思わず、俺は自分の顔を指差してしまった。  『マンマミーヤ』と言えば、この店から数百メートル離れた駅近にこの春オープンしたばかりのイタリアンレストランだ。同じような店で働いているせいか、なかなかの盛況ぶりだという評判は耳にしている。 「あそこ、かなり盛りが良いっていうんだよね。だから若い男が一人いると助かるじゃん? 有希っぺなんてほとんど戦力になんないし」   せっかく誘って貰えたかと思えば、ただの残飯処理班かとがっくり肩を落とす。確かに有希さんは、賄いのパスタですら八十グラムを指定するぐらい小食だ。とはいえ有希さんが残した料理なら、喜んで皿まで舐めたい勢いだけど。 「陽君が来てくれるんだったらデザートとかも頼めるかも」  なんて有希さんが無邪気に喜ぶから、俺は了承せざるを得なかった。いや、喜んで承諾したと言うべきか。  有希さんと一緒にランチなんて、願ってもないチャンスだった。  たちまち頭の中は、当日の事でいっぱいになってしまった。何を着て行けばいいだろう。有希さんも、いつもよりおめかしして来たりするのだろうか。
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