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ディナーに出勤できるアルバイトは元々少なかったのに、恵美さんも辞めてしまい、今や私と陽君だけになってしまった。三年に入り大学がそう忙しくないのも幸いして、私と陽君は毎日のようにシフトに入らざるを得ない状況にある。
『フィオーレ』のディナーはランチほど混雑はしないけれど、平日でも満席になるのが当たり前の人気店だ。メニューはアラカルトが基本だけど、お任せのコースもある。中でも一番安い二千五百円のミニコースが人気だ。前菜というよりは突出しに近いストウッツィキーノと、パスタかピッツァからチョイスするプリモ・ピアット、最後にドルチェとドリンクという簡単な構成なのだけど、一般のお客さんからすると沢山のアラカルトメニューの中からアンティ・プリモ・セコンドと選んで自分でコースを組み立てるのは馴染みがないらしく、大半は決められたコースに流れる。若いカップルや主婦のみの女子会グループのほとんどは、そのパターンだ。
時に、一方では手慣れたお客さんが来る事も珍しくない。そんな場合には彼が対応するようになる。
「季節ものですと、ヒラマサが良い時期ですね。今日はカルパッチョにしてお出ししています。トリッパの煮込みには春キャベツを使っています。茨城県産の甘味の強いキャベツで、トリッパのコクとも良く合いますよ。上に半熟卵をのせてますので、それを崩しながら召し上がっていただくとより一層旨味が引き立ちます」
「じゃあ、それをいただくわ。ワインはどうすればいいかしら? おすすめはある?」
「そうですね。カルパッチョとトリッパ、どちらにも合うものとなると、まずはスプマンテで始められてはいかがでしょうか? グラニャーノという赤の微発泡性ワインがよろしいと思いますが」
彼は料理からワインまで幅広い知識を持ち、お客の要望を引き出しながらベストな選択を促してしまう。爽やかな笑顔で、物腰低く、それでいて洗練を感じさせる美しい所作で相対する様は、見ていて飽きる事がない。
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