プロローグ

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「乃愛は本当に可愛いな」  私の目を覗き込む彼の瞳の中に、つい真実を探さずにはいられない。でも私にできるのは、ただ彼の言葉を、全てを受け入れ、信じ抜く事だけだった。 「……嬉しい。そういうの、あんまり慣れてないから照れるけど」 「少なくとも僕の目には世界一……って言ったら嘘くさいか。滅茶苦茶可愛く見えるよ。小っちゃくしてカゴに入れて常に持ち歩きたいぐらい」 「何それ。微妙」  吹き出した私の頭を撫でた後、彼は力いっぱい私の身体を抱き寄せた。彼はいつも、息が詰まって、骨が軋みそうなぐらいきつく、強く抱き締める。苦しさすら感じるのだけれど、抑えきれない彼の愛情が強く強く感じられるようだった。  血液の流れが止まるような圧力が和らぎ、彼は軽く口づけると、するりと自然に、私をシートの上に解放した。  私に対して、惜しげもなく賞賛の言葉を降り注いでくれるのは彼が初めてだった。こんなにも人から褒められた経験はこれまでに無かった。くすぐったいような気持ちもあったけど、不思議と悪い気はしなかった。  彼は一人、するすると下着とズボンをたくしあげると、煙草に火を点ける。その横で私はいそいそと衣服を見に着けた。  困った事に彼は全て脱がせるのが好きだった。車の中という危険度の高い環境下にも関わらず、「乃愛の全部が見たい」と求める。行為の最中は夢中だから気にならないものの、終わった途端に羞恥心と恐怖心が込み上げる。こんなところ、他人にでも目撃されたら大変だ。  意識的か無意識か知らないけど、彼は事後から平常へと戻ろうとする最中の私を見ない。運転席側の窓を全開にして、半ば身を乗り出すようにして煙草を吸う。彼は喫煙家だが、車は禁煙車だ。ただ行為の後だけは例外で、こうして煙草を吸うのだった。
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